「いつも『死ぬんじゃないか』と思うくらい落としていた」限界迎えていたレスリング・樋口黎の体、手にした糸口
「いつも『死ぬんじゃないか』と思うくらい落としていた」
そのとき筆者は現場に唯一居合わせた日本からのメディアであったので、樋口のコメントをとったが、その口調は意外とサバサバしていた。 「食生活、運動量、カロリーなど全部気をつけてやってきた。全力で一切の妥協なくやってきたが、(最後の50 gは)極限の状態で落ち切らなかった。もう仕方ない。現実を受け止めるしかない。これが結果なので、覆すことはできない。心に刻みたい」 そんな樋口に対する世間の目は冷やかだった。「50 gくらいどうにかなったのではないか」という意見も耳にした。しかし、最後の十数グラムが落ちないのも、また事実。無理をすれば意識を失うだけではなく、最悪の事態を招きかねない。樋口は「取材のたびに『悔しかったですか?』と訊かれるんですよ」とため息をつき、当時の心境を吐露した。 「もうこっちとしては全力でやり切っているんです。やり切ったうえでのオーバー? そうです。そうでなければ、50gくらい落とせるので。いつも『死ぬんじゃないか』と思うくらい落としていたので。申し訳ないとも思うけど、もう仕方ないという気持ちでした」 この計量失格によって、樋口は世界予選で日本の出場枠をとってきた高橋侑希とのプレーオフに臨んだ。勝ったほうが東京五輪への出場切符を手にすることができるという流れだったが、高橋に2-4で敗れ、「オリンピックで今度こそ金メダルを」という野望を断たれた。
「普段の実力の20~30%」しか出せなかった理由
敗因を探っていくと、アジア予選の計量失敗から樋口の体は元に戻っていなかったことに尽きる。落とすことが精一杯で、ベストパフォーマンスを求めるなど夢のまた夢だった。あれから3年、樋口は髙橋戦のときのコンディションを打ち明けた。 「ムチャに落としたせいで、足がつり、計量後にはご飯も水分もとれない状況だった。無理やりご飯を食べたら全部吐いてしまった。だからプレーオフは普段の実力の20~30%も出ていないくらいの感じでしたね」 失敗したままでは終われない。樋口は減量に対する考え方を改めようと決意した。 「あの頃は落とし方がそもそも下手だったというか、知識もなかったので。もっとうまく減量するにはどうしたらいいかと勉強するようになりました」 試行錯誤の繰り返しだった。2021年から2022年にかけては57kg級と65kg級の中間の61kg級でも試合をし、2022年の世界選手権では世界一になった。樋口は「感触としては61kg級が一番良かった」と回顧する。 「でも、五輪階級は57kg級か65kg級しかないじゃないですか。後者だと国内で勝てたとしても、オリンピックや世界選手権で100%勝てるかと問われたら、そうではないなと感じたので、やっぱりオリンピックのチャンピオンになるなら57かなと考えたんですよ」