日本人はロシア人とユダヤ人のジョークを理解できるか
ロシアで新しく人と出会い少し仲良くなると、しばしば「アネクドートは知っているか」と聞かれる。アネクドートとは、要はロシアのジョークである。名越健郎氏によれば、〈「アネクドート」の語源は、ギリシャ語の「アネクドトス(地下出版)」から来ており、帝政時代からロシアの伝統でした。旧ソ連のスターリン時代には、政治小話を口にしただけで逮捕され、収容所送りになった記録もあります。しかし、アネクドートは社会主義の矛盾や抑圧を温床として、旧ソ連・東欧圏で異常な発展を遂げました。庶民の不満や憂さを晴らし、現実を諦観する批判精神が、ソ連邦を崩壊に追い込む原動力になったのかもしれません〉(『ジョークで読む世界ウラ事情』名越健郎)とある。 アネクドートは外国人にとって難解である。言語だけでなくロシア・旧ソ連圏の文化や歴史を知らなければ理解ができない、いわば「文化の総合格闘技」だからだ。その意味で、アネクドートは、ロシア語を学ぶ外国人の登竜門であり、ロシア文化のラスボスのように思える。筆者は、そのわかりづらさからこれまでアネクドートの学習から逃げていたのだが、コロナ禍でアゼルバイジャン人の友人と同居した際に、暇つぶしにと彼からアネクドートの解説指導を受ける機会があった。最初はチンプンカンプンだったのだが、徐々に自分でも面白いものを発掘できるようになり、最後は自作のアネクドートを披露して友人を笑わせていた。正確には数えていないが、これまで5000以上のアネクドートを読み込んだと思う。
若い兵士と学部長の関係は?
アネクドートは世の中に無数にあり、政治、経済、宗教、民族事情といった固い話から、軍隊生活、大学、異性、映画など日常生活の様々なテーマまで守備範囲とする。直近数年は時世を反映してか、新型コロナやウクライナ関係の話が増えているようだ。それだけ多くのアネクドートが存在するので、面白いものとそうではないものは玉石混淆で、外国人も笑えるものもあれば、ネイティブのロシア語話者にとっても難解なものもある。ここでは、わかかりやすいものとわかりづらいものをそれぞれ筆者が選んで紹介する。 参考:https://www.anekdot.ru/tags/ ①2人の友人(女性)が話しています: -「なぜそんなに落ち込んでいるの?」1人目の女性が2人目の女性に尋ねた。 -「家の管理人のラリーサが私を馬鹿と呼んだの」と2人目の女性が言った。 -「心配しないで」と1人目の女性が言った。「ラリーサは自分の意見を持ってなくて、他人の意見を鵜呑みにしているだけよ」 これは、相手に同情するふりをして、間接的にお前は馬鹿だと言っているジョークだ。比較的わかりやすいと思うが、では次のジョークはどうだろうか。 ②2人の若い兵士が話しています。 -中尉をからかいましょう。 -でも、もう学部長をからかっただろう。 これをロシア人に聞かせるとすぐにクスクス笑いだす。内容については後ほど解説したい。 筆者はアネクドートの基本形を以下の通り設定した。アネクドートは多かれ少なかれ、こうした型に合致するようにも思える。一般的な笑いやジョークもこの型だろうが、筆者は笑いの専門家ではないのでここでは詳述を避ける。 (1)まず、理解を標準化する(前提を設定する) (2)次に、説明を加える(話を結論に誘導する) (3)前提を覆す/伏線を回収する 先程の兵士の例を再度引用する。 ②2人の若い兵士が話しています。 -中尉をからかいましょう。 -でも、もう学部長をからかっただろう。 まず前提は、若い兵士が登場するということだ。もし、これが普通の学生やサラリーマンならば後半のオチは生まれない。1行目によって、アネクドートの作者と読者の双方が、これは軍隊の話だと理解する(理解の標準化)。次に、2行目の中尉をからかうというのは、最後のオチを導く準備である。中尉は階級から判断すると、彼らの上司であろうことも読み取れる。そして、3行目に、急に学部長が登場する。しかも、既にからかった後だという。多分、皆さんはこの行で挫折しただろう。 実は、3行目で気持ちよく笑うためには、もう2つ隠れた前提を拾う必要がある。それは、ロシアでは徴兵から逃れるために大学に行く人がおり、大学を退学になれば徴兵対象となってしまうということだ。つまり、このジョークでは、2人は大学で学部長をからかって学校を退学になり軍隊にぶち込まれたのに、懲りずに自分たちの上司をからかおうとしていることが滑稽なのだ。3行目の情報で、主人公が「若い兵士」であったことの伏線も回収される。ロシア人には、2つの前提が最後の伏線回収によってほぼ直感的に結び付く。だから、説明もなしにクスクス笑えるのだ。一方、日本人を含む外国人は、そういった前提を知らないので明らかな論理的飛躍があると思ってしまう。