評論家の塚田優、横浜美術館学芸員の南島興による「シリーズ:美術批評を読む」が始動。先人の言葉を吟味し、美術批評の現在地を探る
評論家の塚田優、横浜美術館学芸員の南島興による共同企画「シリーズ:美術批評を読む」。第1回「批評家が批評を読む」がネイキッドロフトヨコハマで7月28日に開催
評論家の塚田優と横浜美術館学芸員南島興の共同企画「シリーズ:美術批評を読む」が開催される。現行のシーンで活動するキーパーソンたちは、過去の批評をどのように読んでいるのか。登壇者が過去の批評家についてレクチャーし、共同討議を行い、批評の現在地を探る。 第1回「批評家が批評を読む」が7月28日にネイキッドロフトヨコハマにおいて開催される。登壇者とレクチャー内容は、デジタル写真論の視点を中心に研究、企画、執筆を⾏なうきりとりめでるによる「多木浩二論」、美術批評家の沢山遼による「宮川淳論」、塚田優による「日向あき子論」、司会を南島興がつとめる。 > 今日ほど批評がない時代はないと言われます。しかしいつの時代も批評家は絶滅危惧種であり、いつの時代も批評はそれ自身の存在証明を繰り返してきました。批評は存在しているにもかかわらず、自分たちを危機的な状況であると認識することで延命してきた言説のジャンルと言ってもいいかもしれません。 > > 危機とは何か? それは関心の欠落から生まれます。言説は孤独で作り上げられるものではないからです。たとえ直接言及されていなかったとしても、ある批評文は過去の批評的言説のネットワークのなかにいくつかの参照項を見つけることができます。そうした繋がりを隠れた紐帯と呼んでみましょう。その繋がりは、批評家自身にとっても自覚されていないことがあります。けれど見えないことは、存在しないことを意味しません。このレクチャーシリーズでは、こうした歴史の紐帯を見えるようにしたいと思っています。(「シリーズ:美術批評を読む」開催概要より) 「シリーズ:美術批評を読む」は、それぞれがひとりの論者について批評することで、歴史が織りなす批評のネットワークを辿り直し、先人たちの言葉を吟味し思考することで、いまという時空間のなかで生成しうる批評の地図を制作していく。今後、2ヶ月ごとの開催を目標に、作家、学芸員など様々なプレイヤーをテーマごとにゲストを呼び、議論を深めていく。
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