錦織圭と国枝慎吾が描くジュニア育成の未来図。日本テニス界のレジェンドが伝授した強さの真髄とは?
錦織が伝授した技術と“考え方”のテクニック
一方、「ジュニアの車いすテニス選手に教えるのは初めての経験」だったという錦織は、無限とも言える自身の経験値の中から伝えるべき技術や言葉を探りあて、丁寧に手渡ししているようだった。 全日本ジュニアの車いす部門初代チャンピオンとなった16歳の橘龍平は、錦織に「走りながらストレートに打つコツ」を尋ねた時のことを、こう語る。 「錦織さんからは、コートのどこに決めるかではなく、ネットのどこを狙うかを考えた方が良いと言われました。シングルスポールの上を通すようにと言われたので、試したらうまくいった。まだバラつきがあるので、練習したいと思います」 もう一人、今回の合宿に参加した車いすテニスの松岡星空(14歳)は、錦織から「スライスを打つ時は、左手を添えた方が安定する」というコツを教えてもらったという。海外に行くのは、今回が人生で2度目。初めて接した錦織については、「思っていたより面白くて、話しやすい人でした」と、溶けそうな笑みを広げた。 錦織自身も、「打ち方や体の使い方など、違うけど似てるところもあるなかで、どうしたらうまくなってもらえるかなと考えながら教えるのが楽しかった」と言う。技術的に教えるのは難しいと感じた時は、「考え方のテクニックを伝えた」とも言った。
「試合中に全然イライラしない」国枝の強さとは?
USTAでの合宿のハイライトにして、恐らくはジュニア選手たちにとっても最も実り多かったのは、国枝氏と錦織が、12人のジュニア選手全員の質問に応じた座学だろう。 ジュニアの質問に「うわー、よくあるやつだわ」「分かる~」と共感する錦織の姿は、年齢やレベルを問わず、同じ競技に打ちこむ者なら、似た悩みを共有する事実を浮き彫りにする。ゆえに2人のレジェンドの解答は、どの選手の胸にも響いた様子だった。 とりわけ、錦織が「めちゃめちゃ、それいいっすね。みんなもやった方が良いよ」と感嘆の声をあげたのが、参加者最年少の佐藤凛(12歳)の問いに対する、国枝の解答である。佐藤が尋ねたのは、「ピンチやイライラした時、何を考えたらよいか」という、あらゆる競技者が抱えるだろう普遍的な悩み。それに対し国枝氏は、「僕は試合中に、全然イライラしないんですよ」とした上で、次のような持論を展開した。 「僕は将棋が趣味なんですよ。将棋の棋士って、負けてても盤面をひっくり返したりしない。たぶん彼らは、『この状況をどうやってひっくり返したらいいか』と常に考えてるからだと思うんです。それは、僕が試合をやっている時の感覚とすごく近い。 負けてる時は、今、何が起きているのかを考えてください。自分がミスしているのか、相手がいいだけなのか? 相手が良いんだったら、それを押し返さなきゃいけないから、『こっちからもっと強く打ってみよう』とか『もう少し厳しいコースを狙い、リスクを取って仕掛けていこう』とか考える。ポイント間に許されている25秒で、次にどの手を指すか、最初の一球はどこを狙い、どう展開していくかを考えれば、イライラすることもない」 ちなみに錦織自身は、同じ質問に対し「僕は深呼吸ですね。鼻から吸って、お尻から出す」と珍解答。そんな自分が恥ずかしすぎたのか、顔を真っ赤にして俯いてしまったことも、完全なる余談だが一応書き添えておこう。