中学受験ブーム過熱と「教育格差」論の落とし穴
公立凋落で私立中高一貫校が台頭
私学には建学の精神がある。「負け組の美学」とも換言できる。明治以降、全国津々浦々に官立(国公立)の学校がつくられていったが、それに抗う文脈で私学は誕生した。開成にしても麻布にしても、明治期につくられた私学の多くは戊辰戦争の負け組が社会を変えるためにつくったものだ。あるいは女子学院や雙葉(ふたば)のようなミッション系の学校は、学校制度上の不利を被りながらも、歯を食いしばって独自の教育を続けてきた。桜蔭を始めとする私立女子校に至っては、明らかに男女差別的な教育制度への抵抗の意味合いが強かった。 実際、1960年代までは、開成にしても武蔵にしても、日比谷高校をはじめとする都立進学校に不合格になった受験生たちの受け皿にすぎなかった。ところが1967年、都立高校入試に学校群制度が導入された結果、都立高校受験を回避した学力上位層が私立中高一貫校に流れ、東京都における都立高校と私立高校の立場が逆転した。それで東京都は、公立高校よりも私立高校の人気が高い、全国的に希有な地域となったのである。そこから首都圏に中学受験文化が広がっていった。 現在、首都圏で中学受験をしようと思ったら、小3の2月から小6の2月までの3年間、中学受験塾で対策をするのがスタンダードだ。サピックス、早稲田アカデミー、日能研、四谷大塚が4大塾といわれている。通塾は、小4で週2~3、小5・小6で週3+週末くらいが一般的だ。 3年間の塾費用はおよそ250万円。加えて昨今では、個別指導塾に通ったりプロ家庭教師を雇ったりという事例も珍しくない。こうなると費用は青天井だ。家庭教師代だけで月20万円という話もざらに聞く。 塾の教材プリントを整理したり、塾に持っていくお弁当をつくったり、送迎したり、宿題の丸付けやテストの解き直しにつきあったりと、保護者の負担も大きい。何より、「この努力が本当に報われるのだろうか」という不安のなかで、子どもを見守り続けるメンタルの強さが求められる。 それでも、第一志望に合格できるのは3割にも満たないといわれている。 関西の一部にも中学受験文化はある。広島県、高知県も、全国平均と比べて私立中学受験率が高い。 21世紀になってからは公立中高一貫校という選択も一般化してきた。中高一貫教育を行う公立学校で、費用はもちろん公立中学・公立高校と同じだ。入学するためには、「入学試験」ならぬ「適性検査」を「受検」する。建前上、公立中学では学力試験を課してはいけないことになっているからだ。ただし、適性検査においても実際には高い学力が試されていることに変わりはない。 令和に入ってから、茨城県は10のトップ県立高校を中高一貫校化した。愛知県も2025年に4つの県立高校を中高一貫校化する。この機運は今後全国に広がりそうだ。すると、私立中高一貫校受験も活性化する。首都圏の中学受験者数は頭打ちであるが、全国に広がっていく形で中学受験はますます一般化するかもしれない。