中学受験ブーム過熱と「教育格差」論の落とし穴
『二月の勝者』が提起する問題
ところで冒頭で紹介した『二月の勝者』は、一般的には「中学受験漫画」とされているが、実は教育格差に対する問題提起の書でもある。主人公のカリスマ塾講師・黒木蔵人(くろうど)は、中学受験塾の校舎長でありながら、無料塾を主宰している。 無料塾とは、家庭の事情によって一般的な進学塾に通えない子どもたちに無料で勉強を教える活動だ。いま全国に増えている。家庭の事情とは、主には経済的な事情であるが、母子家庭、多子家庭、親の病気、ヤングケアラーなどの問題も複雑に絡んでいる。 以下、ネタバレを含む。漫画の主人公・黒木は、最難関校合格を総なめにした教え子の前田花恋(かれん)を無料塾でのボランティア活動に誘う。それが黒木から花恋への教育の仕上げだった。勝手に黒木の想いを代弁させてもらえば、「君が中学受験勉強で努力したのは、競争社会の〝勝ち組〟になって安心するためじゃない。君の恵まれた才能を、恵まれた環境の中で磨き上げ、そのうちの一部でもいいから、格差社会をなくすために活かしてほしい」である。 それに似た場面を最近実際に見た。都内に実在する某無料塾を取材したときのこと。新しいボランティアスタッフとして、東大生がいた。普段は東大合格をターゲットにした塾でバイトしているが、いろいろな子どもたちに会いたいと思って参加したと自己紹介していた。 塾に行けない競争的不利を補い、〝勝ち組〟の仲間入りをするために無料塾があるのではない。第一に、学びたい子どもが学びたいだけ学べる社会の実現のために無料塾はある。第二に、そこで学んだ子どもと大人が、そこで得た力を利用して、格差社会の構造を変えていくために無料塾はある。そこを間違えると無料塾の社会的意義を見誤る。 また、たまたまではあるが、先ほどの東大生は、「あなたがたは地の塩、世の光(まわりを引き立て、まわりを照らす存在)である」と教えるキリスト教系の私立中高一貫校の卒業生でもあった。その学校のみならず、多くの伝統的な私学は〝勝ち組〟になるための教育を行っているわけではない。生まれもった才能を、どのように磨き、どのように使うべきかを教えているのである。彼女が無料塾にたどりついたのは、その教育成果だともいえる。