【毎日書評】ストレスフルな環境から抜け出す「ストア哲学」が与えてくれる心穏やかに生きるヒント
取り残される不安
人間を蝕むFOMO(fear of missing outの略)──すなわち、取り残される不安──はミレニアル世代によく見られる特徴ですが、ときには誰もが同じように苦しめられます。自分がどこにいても、他の場所にはもっと楽しいことがあるように思うのです。(331ページより) たとえば自分が招待されない社交イベントで友だちが楽しんでいる様子を覗き見するのは、心の鋭い痛みをもたらす行為だといえます。ところがSNSは、それを誰にでもできるようにしてしまいました。 そう考えるとなんとも残酷な発明であるといえますが、それでも私たちはSNSなしではいられず、そこから目を背けることができません。著者のことばを借りるなら、「1985年よりも後に生まれた人は、ずっとこの状態が続いている」ということです。 FOMOは深刻な問題で、人生が振り回される場合もあるもの。いいかえればFOMOはそのときその場を楽しむ気持ちから人々を引きずり出し、「どうしたらよかったのか」「なにをすべきだったのか」と落ち着かない気持ちにさせるわけです。 しかしストア哲学について学べば学ぶほど、FOMOは昔からある身近な悩みであり、ストア派の人々にはそれに対処する方法があったのだと著者は述べています。 彼らは疎外感を覚えたり無視されたと感じたりするのが日常茶飯事である時代が来るだろうと予測し、そのために備えていたというのです。だとすれば、時代を先取りしていたといえるのではないでしょうか。(331ページより)
他人と比較するのはやめる
FOMOと密接に関わるのが、「他人との比較で生じる恐怖」。自分を他人と比較すれば、不幸へとまっしぐらに突き進んでしまう可能性があるということです。そしてこのことに関連し、著者は「自分の学生時代を思い浮かべてほしい」と記しています。 学校では全員が同じ屋根の下、同じ制服姿で、日々同じ授業を受け、大体同じような生活を送っていました。中には当時の友人たちと離れ離れになって大学に進学する人もいるでしょうが、そこでもあなたの経験は自分の仲間たちと似たようなものです。 問題は卒業してからで、数年ほど旅に出たり飲み屋で働いたりする人もいれば、大企業に勤めてがんがん稼ぐ人もおり、かと思えば若いうちに結婚して家族を持つ人もいます。突然、自分の進んでいる道が友人たちと一緒ではなくなるのです。(337~338ページより) するとその結果、自分の進んできた道は違っていたのかもしれないとか、人生の節目で選択を間違えたのではないかと感じることになるかもしれません。つまりそれがFOMOにとらわれている状態ですが、そもそもそうした比較は健全なものだとはいえません。 それどころかその渦中にいると、自分が無意識のうちに比較をしていて、その苦しみを生み出していたのが自分であることすらわからなくなってしまう可能性があります。 でも、自分と他人を比較しないと決心すれば、生涯にわたって多くの苦しみを味わわずにすむはず。比較することをやめてしまえば、生活はもっと快適になるわけです。(337ページより)