肖像画の魅力は、当時のファッションが分かること。しかし、鑑賞時の注意点があって…ボッティチェリ『東方三博士の礼拝』から分かる絵画の強み
長きにわたって人々に鑑賞されてきた西洋の名画には、薔薇やリンゴなど、よく描かれるシンボルがあります。このようなシンボルについて、ベストセラー『怖い絵』シリーズの作者であるドイツ文学者の中野京子さんによると「ちょっとした知識があれば、隠された画家からのメッセージを探りあてることができる」とのこと。そこで今回は、中野さんの新著『カラー版-西洋絵画のお約束-謎を解く50のキーワード』から、西洋絵画をより深く読み解く手がかりを一部ご紹介します。 【絵画】トマス・ゲインズバラ『ブルーボーイ』。タイトルどおり青いサテン地のスーツを着た少年の等身大肖像画なのだが… * * * * * * * ◆タイムスリップ 肖像画を観る面白さの一つは、当時のファッションを知ること。 とはいえ注意せねばならないのは、ほんとうに当時の人々がそうした格好をしていたかどうか、という点だ。 現代日本人は大事な節目、たとえば七五三や成人式などに和服を着て写真館で撮影してもらうことがある。 そうした写真がたまたま数世紀先まで保存されていたとして、日本の風俗に詳しくない未来の欧米人に、これが21世紀の日本のファッションだった、と納得(?)されても困る。 同様のことが、西洋絵画を鑑賞する我々にも起こりうるのを忘れずにいたい。
◆『ブルーボーイ』のファッション 18世紀イギリスの画家ゲインズバラの代表作『ブルーボーイ』は、タイトルどおり青いサテン地のスーツを着た少年の等身大肖像画だ。 ところがこれ、1世紀以上前のヴァン・ダイクの時代に流行した貴族ファッション、今で言うところのコスプレだった。 当時のイギリス人ならいざ知らず、時代も文化も異なる者にはなかなかわかりにくい。 いっそもっと大幅にタイムスリップした作品のほうが、気づきやすいのではないか。
◆ボッティチェリ作品の世界 ボッティチェリ作『東方三博士の礼拝』は宗教画というより、画家と同時代のイタリア・ルネサンス人たちの集団肖像画である。 ただし後景は宗教画の体を為しており、遡ること1400年以上昔のベツレヘムの厩(うまや)に、博士3人が救世主誕生を寿ぐため訪れたところだ。 そこへ当時の「現代人」たる面々まで集まったという次第。 日本を例に取ろう。今の我々が同じく1400年ほど昔へタイムスリップしたとする。 ちょうど飛鳥時代で、聖徳太子が「和を以(もっ)て貴しとなす」と十七条憲法を制定している歴史的瞬間に、背広やらワンピースやらを着た男女が取り囲んでいたらどうだろう。 ボッティチェリ作品はそんなシュールな世界なのだ。
◆絵画の右端にいるのは…… しかも画面右端で鑑賞者に視線を向けているのはボッティチェリ本人だし、他はフィレンツェの政治経済を牛耳るメディチ家の面々とその関係者たちだ。 彼らは画面上で聖書時代にワープし、スーパースター、ジーザス・クライスト(イエス・キリスト)といっしょに記念撮影をする感覚で画面におさまっている。 絵画はタイムマシンがなくともこうした芸当のできるところが強みと言えよう。 ※本稿は、『カラー版-西洋絵画のお約束-謎を解く50のキーワード』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。
中野京子