勤務先で不正を目撃したとき、「内部告発」と「見て見ぬフリ」、本当に得をするのはどちらか?
■「何もしない」でも法的責任が生じることも。「さっさと退職」も手 朝日新聞にいたころ、あちこちの大学で調査報道について講演し、そのあと学生たちに質問を投げかけて出席者全員から回答をもらう、という機会が何度かありました。 【図表】公益通報とは ---------- ――就職した先の職場で重大な不正を見聞きした。同僚や上司に「やめるべき」と言っても、「余計なことを言うな」と相手にされなかった。あなたなら、このあと、どう行動するか。 ---------- これが質問の内容です。 黙って見過ごすか、それとも、何らかの行動を起こすか。会社の窓口に内部通報して自浄作用が働くように促すべきか、監督官庁や報道機関に内部告発して外圧で是正させるべきか。迷う人が多いだろうと最初予想しました。ところが、実際には、迷いのない人が多かった。「そんな会社はさっさと辞める」という人です。 「自分を犠牲にするリスクをとってまで行動を起こす必要はない」「不正がある会社に勤めても精神衛生上よくない」という考え方で、とても合理的だと納得させられました。と同時に、若い人ならではの発想だな、とも感じました。 今の40~50歳代はそこまでドライに割り切れないかもしれません。リスクを冒しても、不正をやめさせるために行動するのが本当の愛社精神だ、と考える人もいるでしょう。では、どうすればいいのか。 いまだに前世紀の発想のまま、昭和の感覚のまま、という組織が現に存在するようで、そういう古い体質の会社や官庁では、内部告発した人を往々にして「不届き者」とみなして弾圧し、報復の対象とし、左遷します。その人を黙らせる、その人の信用を貶めて告発を無効にする、あるいは、新たな告発を呼び起こすことがないようにと「見せしめ」にする。
そのような事態を防ぐために法律が整備され、日本でも20年ほど前に公益通報者保護法が制定されました。ですが、法律があればすべてがその趣旨の通り、直ちに解決されるわけではありません。公益通報者保護法は罰則も制裁もないに等しい法律で、効力は限定的です。建前では公益通報者を守ると言っても、実際はどうするのか怪しい会社や官庁がまだまだ多い。 それでも覚悟をもって公益通報に踏み切るのでしたら、最後までやり切る精神的な強さと用心深さが必要になると思います。 ■内部通報する前に対応実績をチェック 実際に公益通報をする場合、どのように行動するべきか。まずは勤め先の内部通報制度の内容を調べてみましょう。 窓口が複数あるはずなので、どれが使えそうなのか検討してみてください。社外取締役や監査役に直属する窓口が用意されているのであれば、しっかりした会社だと思います。会社のトップが内部通報について発しているメッセージを読んで、胸に響くか考えてみてください。メッセージを発しているのかいないのか、よくわからない会社はそもそも信用できません。 監督権限のある行政機関や、報道機関の記者に告発する道もあります。記者相手ならば、告発の内容に高いニュース性が必要です。 内部通報にせよ、行政にせよ、報道にせよ、それぞれの告発対応実績を調べてみましょう。きちんと対応してきた実績が見えるように公開されているのでしたら一応は信用できるでしょう。 「何もしない」という選択肢もあります。ただし「何もしないのが自分の身を守る」のかというと、常にそうとは限りません。たとえば、食品や薬への毒の混入や自動車や原発の欠陥など世の中の人に危害を与えかねないようなケースでは、知っていながら放置するのは加担するも同然で、立場によってはその不作為に法的責任が生じる可能性があります。 正義が必ず勝つとは限らない世の現実にポキッと折れてしまわないよう、したたかに、しなやかに、うまく立ち回ってください、と学生には言うようにしています。 ※本稿は、雑誌『プレジデント』(2024年11月29日号)の一部を再編集したものです。 ---------- 奥山 俊宏(おくやま・としひろ) 上智大学文学部新聞学科教授 1966年生まれ。89年東京大学工学部卒業、朝日新聞入社。社会部、特別報道部などで記者。22年上智大学文学部新聞学科教授。著書に『内部告発のケーススタディから読み解く組織の現実』(朝日新聞出版)ほか多数。 ----------
上智大学文学部新聞学科教授 奥山 俊宏 構成=篠原 克周