「『もう大丈夫なんでしょう?』と思われていたら悔しい」ーー「原発の不条理」を書いた劇作家と、飯舘村職員になった元テレビマン、11年目の思い #知り続ける
大森「例えば、去年福島第二原発の廃炉作業が始まったけど、仮に健全だったとして、『再稼働しますか』と言われたら、科学的な知見とは関係なく、福島の人は『嫌だ』と思うんじゃないか。でも『(運転停止している新潟県の)柏崎刈羽原発、動かしますか』と言われたら、答えが変わる人もいるかもしれないよね。だから、原子力を代替できる、安全で環境にやさしいエネルギーの実現を待つしかないんだと思う。 何より、山が太陽光パネルだらけになるのを見ているのはせつないよね。村も太陽光発電に関わっているし、そうなるのは当然だということは理解している。でも、感情としてはやっぱり割り切れない。『もう原発はたくさんだ、再生可能エネルギーにシフトしなければいけない』というのと、『太陽光発電のこの山の壊し方はなんとかならんのか』というのは、両立しうる感情だと思う」
谷「その矛盾が福島県という場所に圧縮されているのが、ぼくも本当にせつないんです。ここで生きていくためにはその矛盾と向き合わなければいけないから、みんな一生懸命知恵を絞っているんだけど、東京などの離れた場所に住んでいる人たちには、その必死さが共有されない。 ぼくが言うべきことではないかもしれないけど、それでも言いたいのは、事故から10年以上経って、『福島だって事故は起きたけど、今は人が住んでるらしいから、原発も大丈夫なんじゃないの』と思う人が増えているとしたら、それは非常に悔しい、ということなんです」
責任ってそういうことだからね
飯舘村南部の長泥地区は、村内に唯一残る帰還困難区域だ。2023年春の避難指示解除に向けて、特定復興再生拠点区域(復興拠点)を中心に除染とインフラ整備が進む。しかし、復興拠点に指定されていないエリアの除染は限定的だ。
大森「長泥は、たしかに当初は放射性物質による被害が大きかった。でも今は、年間で1ミリシーベルト(ICRP〔国際放射線防護委員会〕が勧告する公衆被ばくの線量限度)は超えるかもしれないけど、ふつうに暮らす分には健康への影響はまずないだろうと言える。それよりも問題なのは、あの場所に戻って、生活や産業が再生できるかどうか」 谷「10年以上、無人の状態が続いたわけですからね」 大森「中には、ゲートが閉まったままのほうが安心だという人もいる。部外者が中に入って、家屋などが荒らされることが心配だからね。一方で、帰ることを諦めるわけにはいかないという人もいる。後者の場合は何を生業(なりわい)にするかが課題になるけど、例えば林業をやりますとなったらば、森林は除染されていないから、年間で1ミリシーベルトをはるかに上回ってしまう。