「なけなしの貯金ですが…」自分が孤独死したあとの遺産は妹ではなく「推し」に託したい…指定難病におかされた52歳派遣社員男性のささやかな望み【行政書士の助言】
なけなしの貯金を遺したい相手は「推し」だった
康成さんは43歳のとき、うつ病にかかり、働けず、寝込んでいた時期がありました。そんなときに励まされたのが「彼女」です。「彼女」というのははいわゆる地下アイドル。まだ有名ではないけれど、距離化の近さでファンを獲得しているグループです。康成さんは「彼女の夢を持って頑張っている姿に惹かれました」と嬉しそうに話します。 特に夢はなく、働くことも楽しいと思ったことはなく、生きていくために最低限の努力しかしてこなかったという康成さん。そんな康成さんにとって彼女は生き方も働き方もまったく正反対の存在でした。「だからこそ、応援したいと思いました」と声を弾ませる康成さん。もし若い頃に出会っていたら本気で恋愛をすることを考えたかもしれません。 とはいえ齢50を超えた今、それは現実的ではありません。彼女を応援すること……なけなしの小遣いでCDやグッズを購入したり、握手会や販売会などのイベントに参加したりすることが生きがいになりました。最近、推しの誕生会で病気のことを打ち明けたところ、「頑張ってください!」と気にかけてくれたそう。希望がない不安な生活のなか、彼女の存在が一時の清涼剤となり、何とかやり過ごせたのです。
康成さんに伝えたアドバイスの内容は?
しかし、康成さんの希望を叶えるには二つの問題がありました。まず1つ目の問題は康成さんにとって第一の相続人は妹さんだということです。もちろん、妹さんに「彼女に貯金を渡して欲しい」と頼むことも可能といえば可能でしょう。しかし、15年もの長きにわたり、連絡をとっていないので、妹さんがどう動くのかは分かりません。そこで筆者は遺言を残すことを提案。 兄弟姉妹には遺留分(どんな遺言を書いても残る相続分)が認められていません。(民法1042条)そのため、「彼女にすべて」という遺言を残せば、妹さんの相続分はゼロになります。妹さんは結婚しており、2人の子どもがいます。幸せな結婚生活を送ってきた妹さんは、康成さんの苦労など露ほども知らないでしょう。 もちろん、妹さんからすれば、兄が自分ではなく、どこの馬の骨かも分からない女性に財産を渡すのだから気分を害するでしょう。それでも康成さんは「妹には家族がいるし、僕の少々の貯金なんていらないでしょう」と言い、逝去後、妹さんにどう思われてもいいと開き直ったのです。 そして二つ目の問題は推しの彼女の名前、住所を知らないことです。まず彼女は本名で活動しているか分かりません。さらに住所を調べる方法もありません。本人に向かって「これって実名なんですか? どこに住んでいるんですか?」と尋ねたら、出入り禁止になるでしょう。「遺言で全財産を譲りたいんです!」と言えば、なおさら怪しまれます。 そこで筆者が考えたのがアイドルを運営している会社に託す方法です。ホームページには会社名、所在地が書かれていました。実際のところ、法務局で登記簿謄本(全部事項証明書)を手に入れたところ、確かにこの所在地にこの法人が存在していました。遺贈(財産を渡すこと)の相手は個人だけでなく法人も可能です。いったん会社に受け取ってもらい、会社の担当者に彼女へ渡すように頼むのです。 もちろん、それは確実ではありませんが、少なくとも妹さんに任せるよりは可能性が高いでしょう。康成さんは「それでいいです」と言い、筆者が文面を用意し、康成さんがその通りに手書きした上で署名捺印をしました。こうして康成さんは悩みの種の一つを解消し、病気と闘うことに集中できたのです。 ここまで康成さんが「推し活」相手に財産を残すまでの手続について見てきましたが、法律上、相続の優先順位は愛情より血縁です。何もしなければ一番、愛している人より一番、血筋が濃い人に財産が渡ってしまいます。愛情の深さと財産の多さを一致させるには遺言を残すなどの工夫が必要です。 露木 幸彦 露木行政書士事務所 行政書士・ファイナンシャルプランナー