受験対策と一線画す「異色の数学」で生徒に変化 「おもしろい授業をするのがいい先生」が原動力
「マイナス×マイナスは何になるか、それはなぜか」を3時間やる
そういう中にあって、ドルトン東京学園中等部・高等部で行われている数学の授業は暗記数学ではない。生徒1人ひとりの自主性と創造性を育むドルトン・プランの実践校として2019年に誕生した同校の数学指導は、興味深い。 八島容子氏は現在、4年生(高1)の数学を担当しているが、この4年生が1年生(中1)のときから担当している。1年生のときには、こんな授業をしたという。 「『マイナス×マイナスは何になるか、それはなぜか』を生徒たちで議論する時間を取ったら、みんなが納得できる結論にたどりつくまでに、結果として3時間かかりました」 3時間続けての授業だったわけではなく、1日1コマずつを3日やったのだ。2日目でだいたいみんなが納得できる結論になり、3日目は総まとめをするつもりだった。その3日目に、1人の生徒から、自分で調べてきたことがあるのでみんなに説明したい、との申し出があった。 その内容が、大学レベルの「群論」という現代数学の領域にまで踏み込むものだったという。誰かに教わってきたわけではなく、自分でネットなどを使って調べてきたのだ。大半の生徒には難しい内容だった。「一生懸命かみくだいて説明してくれましたが、聞いている生徒たちは、半分以上は理解できなかったと思います」と、八島氏は笑った。 教科書には「マイナス×マイナス=プラス」という説明が載っている。一般的には、それを教員が説明して、生徒はそれが理解できても理解できなくても「マイナス×マイナス=プラス」だと暗記する。「なぜなのか?」と考えなくても、それでテストのときには点数を取ることができる。 にもかかわらず、なぜ八島氏は生徒たちに議論させるのか。それも、3時間もの時間を割いて、である。その疑問に彼女は、「教わるのと考えるのでは、それ以降の数学への向き合い方が変わってくるからです」と答えた。そして、続けた。 「一言でいえば、教えてしまうと教えてもらうのを待つ生徒になります。しかし考えるおもしろさを知れば、教わるのを待たずに自分で考えるようになるのではないかと思います。教えてもらうのを待つのは考えることを放棄しているのと同じで、それでは学問のそもそものおもしろさが半減してしまうと思います。数学のテストはできるかもしれませんが、それ以外の未知の問題に出会ったときに試行錯誤する力、疑問を抱く力、抱いた疑問を探究する力は育ちません」 ドルトン東京学園に入学してくる生徒の多くも、受験勉強を経験してきている。覚えた公式や解法パターンで問題に向き合う受験に役立つ暗記数学のテクニックを身につけている。だからこそ入学して間もない時期に、考えてもらう授業を行うのだという。「自分の頭で考えることを放棄しないでね、というメッセージも込めています」と八島氏は言う。 その議論の内容や様子は、クラスによっても違ってくる。その違いによって、クラスごとの授業の進め方を変えたり工夫したりもするのだという。教員の目は、あくまでも目の前の生徒を向いている。 といっても、3時間もかけて議論する授業が毎回行われているわけではない。ドルトン東京学園の授業も学習指導要領を土台に組まれているので、それでは授業時間が足りなくなる。それでも、ドルトン東京学園の教員は「考えさせる授業」に時間を割いている。そうなると授業中に練習問題までやるには時間が足りなくなる。「授業できちんと概念を理解してもらい、それを踏まえた練習問題は、各自にある程度は委ねることになります」と八島氏。