なぜ東京五輪代表の一山麻緒は大阪女子マラソンでの16年ぶり日本記録更新を宣言したのか?
五輪代表を決める一発選考レースのMGCで圧倒的な強さを見せつけて2時間25分15秒で優勝し代表切符を奪っている前田のトーンは少し低めだった。 「スピードの方は後半の練習になるにつれて上げていきましたが合宿の前半は走れないときのほうが多かった。ポイント練習も風が強い日が多く後半に思うようにスピードを上げきれなかった。ちょっと当日走ってみないとわからないです」 年末年始に思うように走れない時期があり、準備としては万全ではない様子。それでも20分切りも可能なポテンシャルがある。 「質の高い練習を積んできた」という一山には、日本記録更新を口にするだけの確固たる根拠がある。東京五輪が延期された1年を使って取り組んだスピード強化への手ごたえである。 「昨年は新型コロナ(感染拡大の影響)でいつものように練習場所が使えないなど環境の変化に戸惑ったところもあったが、我慢強さは身についた。マラソンへ向けてスピードを強化してきて、5000、1万で自己ベストを出すことができた。とても自信になった。今大会にむけて継続した練習を積みかさねてこれた。そこも強みです」 一山は、昨年12月4日の長距離の日本選手権の1万メートルで五輪内定を勝ち取った新谷仁美(積水化学)に続いて31分11秒56で2位に入り自己ベストを更新した。 1年前の記録が31分34秒56。ちょうど23秒も早くなったことになる。さらに12月20日の山陽ハーフマラソンでは、外国勢のスピードに食らいつく積極的なレースで1時間10分17秒で日本人トップの3位に入った。スピード化は顕著だ。 さらなる追い風もある。御堂筋や大阪城公園内を走る市街地コースから長居公園の1周、2.8キロのコースを約15周する周回コースへの変更である。周回コースは風の影響を受けにくく一定のリズムを刻みやすい。給水ポイントも一か所で失敗しにくいなどのメリットがあり好記録が生まれやすい。昨年10月の箱根駅伝予選会も周回コースで開催され好記録が続いた。2時間1分39秒の世界記録を保持するエリウド・キプチョゲ(ケニア)が非公認ながら1時間59分40秒という人類初の2時間切りに成功した「INEOS 1:59チャレンジ」というイベントレースも9.6キロのコースを約4周する周回コースが使われている。 周回コースへの変更は、緊急事態宣言の発令を受けて、この21日に急遽決まり、一山は「はじめは”えーー!周回かあ”と思ったんですが、2.8キロの15周なので、15周で42.195キロが終わりかと思うとちょっと気が楽になった」という。 28日には歩いて2.8キロの周回コースをチェックした 「アップダウンがなくて走りやすい。11、12周まで、心に余裕をもって走ることができれば、残り(3周に)元気がでるかな」 周回コースのマイナスポイントとしては風景が変わらないことのメンタル面への影響があるが、一山は「レースでは景色も見ていなくてペースメーカーの背中を見ているので」と気にもかけていなかった。 高低差も約5メートルしかない。ネクストヒロインとして招待を受けている奥村紗帆(東海大)が「アップダウンがないのでスイッチの入れ替えを自分で集中して保たないといけない」と語るようにスピードチェンジは難しくなるが、経験のある一山には問題はないだろう。 そしてもうひとつの追い風が一山が背中を追いかけるペースメーカーの男子ランナーの起用だ。新型コロナの影響による入国制限で海外から女性ランナーを招聘できなくなり、川内、岩田勇治(33、三菱重工)という2人の2時間8分台の自己ベストを持つランナーを含む6人の男性ペースメーカーが起用されることになった。 野口さんが日本記録を更新したベルリンもペースメーカーは男性だった。しっかりと、日本新記録想定のラップを刻んでくれるだろうし、女性ランナーよりも、上背、体格のある6人のペースメーカーが前を走り風よけになってくれる可能性もある。 「明後日のレースで19分12秒を出した瞬間が待っていると嬉しい。そこが一番楽しみ」 一山は、そう言って笑った。 東京五輪の開催の是非を巡って周囲は騒がしいが、1月31日は日本女子マラソンの歴史を16年ぶりに塗り替える忘れられない日になるのかもしれない。