アメリカで流行する“痩せ薬”「オゼンピック」とは? ダイエットカルチャーの変遷
アメリカで爆発的に流行っている“痩せ薬”「オゼンピック」とは?
――アメリカではいろんな体型の人が自分のコンプレックスを無理に肯定しようとせず、受け入れ始めているのでしょうか? ダニエルさん:今はまだボディ・ニュートラリティの認知度が高くないので、これからかなという感じはあります。実際にZ世代を中心に人気を集めているのはベラ・ハディッドのようなスリムな体型のモデルですし、キム・カーダシアンやアデル、ミンディ・ケーリングが最近激痩せしたことでも話題になりました。スリムになったセレブの中には公表していないけれど、「オゼンピック」を使ってサイズダウンした人もいるともうわさになっているんです。 ――「オゼンピック」とは何でしょうか? ダニエルさん:もともと糖尿病患者のために作られた薬なのですが、副作用で食欲が減退すると言われていて、それが痩せ薬として広まってしまったんです。*(参考記事 https://www.newyorker.com/culture/2023-in-review/the-year-of-ozempic) ――オゼンピックは簡単に手に入るものなのでしょうか? ダニエルさん:処方には医師の診断が必要で、さらに高額(アメリカだと30日分約10万円*)なので、今はまだ一部の間でしか広まっていないと思います。ただ、オゼンピックの服用によって減退した食欲は薬を飲むのをやめれば戻るので、体重をキープしたいのであればオゼンピックを服用し続けなければなりません。 そして、長期間の使用によってどれぐらいの健康リスクが伴うのかはまだ誰にもわかっていない。かなり危険性が高いと思います。加えて、本来糖尿病や多嚢胞性卵巣症候群の人が必要としている薬なのにもかかわらず、ダイエットのために服用したい人たちの影響で品薄になっていることも大きな問題になっています。 ――オゼンピックがあまりに人気になってしまったため、ジェネリック版や偽物も出回るようになっているというニュースもありますね。お金を持った限られた人が買い占めて、本来必要としている人の手に渡らないことも問題ですね。 ダニエルさん:アメリカではオゼンピックのような薬はおろか、地域によっては生鮮食品が買えるスーパーがなくて不健康なファストフードや加工食品しか手に入らないような場所もあります。つまり健康的な食事をしようと思ってもできない人も、特に貧困地域には制度的な理由、政治が絡んだ地理的な理由でたくさんいる。 ロサンゼルスにある超高級スーパーマーケット『Erewhon Market』を知ってますか? 品質の良いオーガニック商品やグルテンフリーの食品等、いわゆる「オシャレな商品」をメインにしているのですが、顧客には健康意識の高いセレブが多数います。ヘイリー・ビーバーとコラボしたスムージーは1杯約3000円とかなり高額。Erewhonで買い物をすることが一種のブランド的ステータスで、わざわざ借金までしてErewhonでの買い物を続けるという若者たちの存在も話題になりました。 ――借金まで…! ダニエルさんの話を聞いていると、健康的な食事を摂ること、スリムでいることが一部の限られた人にしかできないものに思えてきました。 ダニエルさん:昨年さまざまな体型や肌の色、職業の人々が生き生きと暮らす世界を描いた映画『バービー』が大ヒットしましたが、実はその背景で「バービーボトックス」が流行したんです。いわゆる典型的な痩せ型のバービー人形のような細く長い首になりたいという願望を抱く人が増え、僧帽筋にボトックスを注射するトレンドが生まれてしまったのです。 ――そういったことを助長する内容の映画ではなかったのに…。 ダニエルさん:アメリカでは「ファットフォビア(肥満恐怖症)」の概念が根強く、ボディ・ニュートラリティに行き着くにはまだまだ道のりが遠いと感じます。痩せられるツールはいろいろあるのに使わないということは、日本での美容整形の状況と同じように、太っている=努力不足と捉えられてしまう時代になってしまった。 俳優やセレブが痩せると賞賛されるのを見たり、食事制限を強制する親の影響、インフルエンサーのライフスタイルを真似ることなどによって、結局「痩せていること=いいこと」といった白人中心的な価値観が無意識にも支持され続けているんだと感じてしまいます。