元台湾デジタル相、オードリー・タン氏が「違法のようなAirbnbに泊まった」理由
実際に足を運んで体験する
オードリーが入閣の際に行政院に出した条件は、週に何日かオフィスへ行かない日を設けることだけではない。どこで仕事をしても業務とみなすこと、つまり、働く場所に制限を設けないことだ。行政院のオフィスにはいなくても、ソーシャルイノベーションラボにいるか、台湾中を歩き回って立法院の公聴会や会議での議題となる事柄について実際に体験し理解を深めている。 台湾南端近くの町・恒春(こうしゅん)へも、南方四島へも実際に足を運び、現場を見て考える。東沙諸島へ出向くことは難しいが、高雄の海洋委員会は距離が近いので、一人でも多くの関係者と知り合って話を聞く。 オードリーの行動は矛盾していないだろうか?天才ハッカーならネットを駆使してどんな距離でも飛び越えられるはずなのに、なぜ現場にこだわるのか?それは、「痛みに最も近い人たちに力を与える」ことを信念としているからだ。 社会問題を解決しようとするなら、まずはその問題が存在する環境に身を置いてみるべきだ。台北の行政院に閉じこもって考えるだけではいけない。言い換えるなら、議題に関連する共通の経験を作るということだ。
焦点を合わせれば、無駄な時間を省くことができる
会議の場では、まず自分と参加者の間で共通の経験を共有し、参加者にも似たような経験があれば語ってもらう。会議の参加者が同じ経験の記憶のなかに入れたときに初めて議論の焦点が合い、有意義な話し合いになる。この経験の共有がなければ、ニワトリとアヒルの会話のように、かみ合わない議論になりかねない。 「直接体験したことがなければ、ほかの人が基本的な事実を語っていても、何の話をしているかわからなくなってしまいます。経験の共有は、コミュニケーションにおける最も重要なカギなのです」 オードリーいわく、この段階で重要なのは「焦点を合わせる」ことだけであり、その先の感想や感覚の部分に多くの時間を割く必要はない。 ソーシャルイノベーションラボの建物は、改修前はほぼ廃墟で、地下室には水があふれていた。オードリーはまず関係者を建物に集め、その場で改修計画の図案を見せた。「窓をこのタイプに変えたらどんな感じになるか」などと一緒に想像することで、焦点の合った議論ができた。 もしネット上で数枚の写真を公開したり平面図を見せたりするだけで、みんなで同じ空間に立ったことがなければ、意見はかみ合わなかっただろう。空間計画においては特に臨場感が非常に重要になる。 同じ経験を持つという事実は、会議の大前提となる。互いの立ち位置の探り合いやレッテル貼りに多くの時間を費やすこともなくなる。
オードリー・タン(元台湾デジタル担当政務委員)、楊倩蓉(取材・執筆)、藤原由希(翻訳)