元台湾デジタル相、オードリー・タン氏が「違法のようなAirbnbに泊まった」理由
全員を同じ思考ルートへ導く
オードリーはORIDに加え、「ダイナミック・ファシリテーション」の手法で会議を主導する。デジタルホワイトボードを使い、投影や配信の形で自身のノートを共有する。そのなかで参加者から出された問題について、段階ごとに付箋を貼るようにして分類していく。証明可能な事実には青い付箋、それらの事実がもたらす感想には黄色い付箋、感想から導き出されたより具体的な提案には緑の付箋、提案のうち実行可能なものにはオレンジの付箋といった具合だ。 まるでじょうごのように、まずはみんなの自由な発言を広く集め、考えを少しずつまとめて、会議における最も重要な目的、すなわち「実行可能な行動」へと導いていく。 この「少しずつ」という点が最も重要だ。議題に対するそれぞれの感想や、客観的事実に対する反応を共有するという段階をスキップして、いきなり意見や答えを出し合おうとすればどうなるか。互いの頭のなかにある「客観的事実」はバラバラのままで、話し合いはいつまでも平行線をたどり、永遠に交わらない。 それぞれが好き勝手に発言し、互いの感想を理解しないままでは一定の合意に達することは困難だ。このような状況では、会議は長引くばかりで、結局、上意下達の形をとるほかなくなる。みんなは上司の命令を聞き、言われたとおりにやればいい。会議は形ばかりで無意味なものになる。 オードリーはよく、カナダの詩人レナード・コーエンの言葉を引き合いに出す。「すべての物にはひび割れがあり、そこから光が差し込む」ひび割れを作ることこそが会議の目的だと考える。この議題の問題点がどこにあるかをみんなが共有できれば、それが光の差し込むひび割れとなる。会議の目指すべき方向はそこなのだ。
全員にとって共通の経験を作る
ORIDでは、最初に今回の討論についてみんなの焦点を合わせていく。「この考えを支持する理由は?」「どんな感想を抱いた?」「その感想に至らせたのはどんな客観的事実かを覚えている?」こうした問いかけを通じて、みんなのバラバラの思考を少しずつ一つの思考ルートへと導いていくことによって、初めて「大まかな合意」にたどり着ける。 もし、相手が話す事実をまったく理解できなかったとしたら、それは相手との間に共通の経験が不足していることを意味する。「大まかな合意」に至る前に、重要な前提が一つある。それが「共通の経験」を持つことだ。 たとえば、ウーバー(Uber)がタクシー運転手の免許を持たない人をドライバーとして募集している件について討論する場合を考えてみよう。タクシーに乗った経験は誰にでもある。そのときの体験や感想はそれぞれ違うにしても、「自分自身の経験として知っている」という前提のもとで議論を展開することができる。 もし共通の経験がなければ、相手の話が堅苦しい意見の押しつけに聞こえてしまい、耳を傾けることも理解することもできなくなってしまう。共通の経験があれば、くどくど話さなくても相手は理解してくれるから、相手の思考に沿って説明するだけでいい。 共通の経験を持たないまま議題に対する考えを共有しようとすると、大きな壁にぶつかる。共通の経験に基づかなければ漠然とした理解にとどまり、本物の感想を抱くことができない。脳内補完するにも限界がある。だからこそ、会議の進行役にとって共通の経験を作ることはなにより重要なのだ。 オードリーは会議を開く前に必ず、議題となる事柄について実際の状況を自ら体験して確かめる。ウーバーに関する会議の前には台北中のウーバーブラック(高級ハイヤーの配車サービス)のほとんどに乗ってみた。エアBNB(Airbnb)に関する会議のときは、一見すると違法のような部屋に泊まってみたし、酒類のネット販売が議題のときは、実際にネットで酒を買ってみた。ただし、飲んではいない。