《女性の心と体を救う「性差医療」》体格やホルモンバランス、働き方や生活習慣など「男女の違い」を反映した医療が進化している
性差の背後に性ホルモンあり
狭心症に限らず、性差医療に関しては、性ホルモンの変化を抜きに語ることはできない。 女性ホルモンと呼ばれるエストロゲンは、妊娠、出産以外に、血管や骨、関節、脳の健康を保つ作用があり、思春期~更年期の女性をがっちり守ってくれる。 一方、男性ホルモンと呼ばれるテストステロンには、筋肉量の増加や骨の強化のほか、造血作用や認知機能の低下を防ぐ働きがある。 女性ホルモン、男性ホルモンという名称で誤解されがちだが、実は男女とも量の違いがあるだけで、2つの性ホルモンを分泌しており両方ともヒトの生命活動に欠かせない。それだけに、加齢とともに分泌量が減ると、病気に抗う力も低下していく。男性に比べ、女性の場合は減少量が大きいことも有病率の性差への関連が指摘される。 女性の場合、エストロゲンが急激に減少する平均50才の閉経前後から、さまざまな病気の発症率がぐんと上昇する。たとえば、閉経前に脂質異常症と診断される女性は、男性の半分以下だが、50才を過ぎると男女比が逆転し、50代後半から、男性の3~4倍に増加。骨粗しょう症もエストロゲンの骨保護作用が激減する50代前半から診断例が増え始める。 こうした影響を考えると、女性にとって必要なのは単純な男女差を加味した性差医療はもちろん、生涯のエストロゲンの変化に配慮した緻密な個別化医療ともいえるだろう。
ホルモン充填療法は開始タイミングが鍵
性差医療が脚光を浴びるにつれ、以前から行われているホルモン補充療法(HRT)という治療法が、それまでとは異なる面で注目されるようになってきた。 HRTは、エストロゲンを錠剤、もしくはパッチ剤(貼り薬)や塗り薬で補充する方法で、元々、更年期に起こるホットフラッシュや息切れ、イライラ感や性交痛といった不快な症状を和らげるのが一般的だった。しかし近年は、閉経後10年を過ぎてから目立って増えてくる動脈硬化性疾患(心筋梗塞や脳卒中)や骨粗しょう症に伴う骨折、さらには認知症に対する発症予防効果が期待されている。 「重要なのは、HRTを始めるタイミングです。60才を過ぎてから、あるいは閉経後10年以上経ってからHRTを始めても、メリットは極めて少ないことが明らかになっているからです。 一方、50代あるいは閉経後10年以内にHRTを行った場合は、心筋梗塞や狭心症の発症リスクと、全死亡リスクが30~48%低下するほか、女性の寝たきり要因トップ5に入る股関節の骨折リスクが33%低下することが示されています」 認知症の予防効果については明確な結論は出ていないが、少なくともHRT経験者の認知機能の低下スピードは、非経験者に比べ遅いこともわかってきた。河野さんは循環器専門医の立場からこう解説する。 「結論からいうと、頑固な動脈硬化が完成してしまう前、つまり血管がまだ若い45~55才くらいでHRTを行うのは有益です。一時期、HRTを行うことで乳がんリスクが高まることが懸念されましたが影響は小さく、HRTを中止した後は低下することがわかっているので、積極的に試す価値はあると思います」 大きな病気のリスクがない場合でも、HRTを受けることは可能なのか。 「ほんの少しでも日常生活に差し障りがあるなら、まずは1か月間試してみましょう。症状が改善されたらそのまま続け、変化がなければ止めてもいいのです。年単位だと腰が引けますが、1か月単位で考えていきましょう」