古生物学者が解説。「古生物学」と「考古学」── その違いわかりますか
「考古学」Archaeologyについて
冒頭に紹介したように古生物学は考古学とまるで異なる学問の分野に分類されている。恐竜の骨格化石を発掘し、研究することは考古学ではない。古生物学の一部だ。 それでは考古学とは具体的にどのような学問なのか。考古学は英語で「Archaeology」とつづる。もともとの言葉はギリシャ語から派生していて「太古の(arlchaios)の研究(―logia)」の意味をもっている。言葉の語源だけ知ったところで考古学と古生物学の違いははっきりしないかもしれない。しかし考古学という学問が発達した歴史的背景をみれば、両者の違いは一目瞭然のものと思われる。 考古学という分野の基本的な体系は(その他ほとんどの自然科学の分野と同じように)近代ヨーロッパにおいて誕生した。17世紀から18世紀にかけてサイエンス的なアプローチが初めて考古学の分野に取り入れられはじめた。 例えばイギリスのリチャード・コルト・ホア卿二世(Sir Richard Colt Hoare II:1758―1838)は、ストーンヘンジ(注:イギリス南部にみられる紀元前2500年くらいの巨大な石を積み重ねて建造された遺物:こちらのサイトに写真あり)の年代や建造理由などを、いくつかの科学的な証拠とともに検証している。ヨーロッパには古代ローマ帝国の建築物や歴史的な遺物など、たくさん身近に存在していた。当然こうしたものに当時の人々はひきつけられていたことだろう。科学的な探求や考察も同時代において進行した。 考古学は人間の「生活の跡」を研究の主なターゲットにしている。この事実は化石記録にもとづく古生物学とその草創期において明確な違いが存在したはずだ。キリスト教の教義がすう勢を占めていた近代ヨーロッパにおいては、全ての種は神によって完璧な存在として数千年前に創造されたという教義が広く信じられていた。そのため、地質年代を通した長大な生物進化や大絶滅といった概念は、19世紀に入るまで社会的に受け入れられる余地がほとんどなかった。(古生物学の発展の方が歴史上少し遅かったようだ。) しかし「人間の歴史の痕跡」を第一に研究対象とする考古学は、西欧(特にキリスト教関係)の歴史において、古い文献のデータなどをもとにかなり活発な研究が行われていた。同じように中国など東洋においても、古代文明の歴史に関する探索と研究は、かなり古くから自由に行われていた。 考古学の研究の具体的なテーマをあげるなら、日本の古墳時代の土偶や遺跡、または中国の万里の長城、そして古代エジプト文明のピラミッドなどが挙げられるだろう。人類の礎(起源)までさかのぼるほど古い時代も研究対象になる。縄文時代の土器や石器も、考古学の研究分野に入る。 そして特に中世や近世など比較的最近の事象であれば「歴史学」の範疇と重なることもあるようだ。遺物だけでなく文献考証データも重要となる。例えば織田信長の合戦のようす、20世紀前半に大西洋に沈んだタイタニック号の捜索、戦時中の防空壕の跡や関東大震災の被害状況なども(私の知る限り)考古学または歴史学に組み込まれるはずだ。 ―注:具体的な考古学のイメージは、こちらナショナルジオグラフィックの「思わずゾクゾクする考古学フォトギャラリー」など参照。 映画「インディ・ジョーンズ(Indiana Jones)」シリーズの主人公は、エルサレム神殿にあったとされる(失われた)「聖櫃(=契約の箱)」を探索したり中南米のジャングルに存在する遺跡地で遺物の捜索を行う。お察しの通りジョーンズ博士は「考古学者」だ。(古生物学者ではない。) 古生物学者も考古学者も、その研究プロセスの一環として発掘を行うが、そのターゲットとなるものが異なる。そして発掘は考古学における研究メソッド(方法)の一つに過ぎず、その他にも実にさまざまなモノが現在用いられている。最新の研究方法として、例えば遺物やそれらをふくむ堆積層の化学成分をもとに、はっきりした年代や当時の環境を分析することも行われる。ドローンを使って上空から遺跡や古代の建築現場の地理的なデータを採取したり、地中レーダーを使った土砂に埋もれた遺物の探索も最近行われはじめたそうだ。(こうしたテクノロジーが化石発掘の現場で使われることは、私の知る限り今のところほとんどない。) 考古学の研究は人類の歴史と密接に関わるので、地質時代の年代的には完新世(Holocene)の期間、今から大まかに1万年くらい前までの時代を対象とした学問といえるだろう。40億年以上をターゲットにしている古生物学とはそのスケールに大きな違いがある。