中枢神経系をもたない植物が過去に経験した温度を「覚える」仕組み
私達の身の周りは道端の雑草からスーパーに並ぶ野菜まで様々な植物で溢れていますが、よく考えてみると答えがわからない様々な疑問が頭に浮かびます。 【画像】地球から「木」がなくなったら人類はどうなる? 研究者が回答「4つの危機」 そんな植物にまつわる「謎」に第一線で活躍する研究者たちが答えてくれるのが日本植物生理学会WEBサイトの人気コーナー「植物Q&A」です。このたび3000を超える質問の中から厳選された60のQ&Aが1冊の本にまとまり、ブルーバックス『植物の謎 60のQ&Aから見える、強くて緻密な生きざま』として刊行されました! 今回は、収録されたQ&Aの中から植物の学習に関するものをご紹介。果たして、植物も経験から学ぶことはできるのでしょうか……? 早速見ていきましょう。 ※本記事は、『植物の謎 60のQ&Aから見える、強くて緻密な生きざま』(ブルーバックス)を抜粋・再編集したものです。
Q. 植物も動物のように学習できる可能性はあるのか?
最近、植物が篩管の伴細胞で刺激伝導をしているという話を聞きました。 植物内で刺激の伝達をおこなっている回路網が、外部からの刺激によって動物の神経回路網のように変化していくのなら、植物が動物のような学習をおこない、またパブロフの犬のように異なる刺激による古典的条件づけが成立する可能性があるのではないかと思ったのですが、これは起こりえることでしょうか。 (高校生の方からの質問)
A. 定義によっては学習能力が「ある」といえます
ご存じのように、植物には外部からの刺激を鋭敏に感知する能力が備わっています。例えば、環境の光の微妙な違いを感知でき、赤色と青色、遠赤色、紫外線などを見分け、それぞれに反応します。 光以外の環境因子についても、温度・におい(化学物質)・接触などの外部からの刺激を鋭敏に感じとり、光の場合と同様にその情報を体内で伝達し、記憶し、生理作用に反映させて生きています(刺激の反射)。 これらの情報の伝達過程は、動物の神経系に類似して、グルタミン酸やCa²⁺イオンチャネルの関与がある場合も知られています。電気的シグナルとしてのCa²⁺シグナルは、篩管や篩管伴細胞などを介して遠方の組織細胞に高速で伝達され、まだ傷害を受けていない葉を病原菌などへの抵抗性が高まるように変化させる可能性があることも暗示されています。 ところで、教科書的な知識によると、ヒトの記憶は階層構造を成しており、意識レベルの深さの順に、浅い方から「手続き記憶」、「意味記憶」、「エピソード記憶」の3層に区分することができるようです(E.Tulving の説)。 この区分に対応させて考えると、よく見受けられる「最後に当たった光の色が記憶される」とか「経験した温度(低温)が記憶される」などの植物の記憶は、本質的には「手続き記憶」に相当するものであるといえます。行動が高次中枢に支配される動物の場合とは対照的に、太陽からの安定的なエネルギー供給に依存して生活する植物の記憶の特徴は、免疫記憶に似て、分散的であるものと理解されています。 そして、「植物は学習するのか」。これは難問ですが、「経験によって、行動(反応)が永続的に変化する」を学習の定義とすれば、植物には学習する能力があるといえます。しかし、パブロフの犬に見られる条件反射のような反応を植物に期待することはできないように思われます。 なぜなら、大脳皮質をとり去った犬では条件反射ができないことから明らかなように、反射の「条件づけ」が成立(神経回路の条件結合)するためには、高次中枢の場が必要なのですが、植物には大脳のような高次中枢が存在しないからです。 それでも、植物の機能は、あたかも中枢があるかのように全体として上手に統御されている事実があるので、異なる刺激間の関連づけの解析は興味あるテーマであるかもしれません。 『植物の謎 60のQ&Aから見える、強くて緻密な生きざま』
日本植物生理学会