真空に埋まっている「何か」の正体がわかれば…宇宙の起源に結びつく「素粒子に残されたナゾ」
真空に埋まった「もう1つの何か」
2012年、欧州合同原子核研究機構(CERN)から「ヒッグス粒子発見」のニュースが伝えられました。ヒッグス粒子は「素粒子標準理論の最後のピース」あるいは「神の素粒子」などともいわれましたが、いったいどういうことでしょう。そう、このヒッグス粒子こそ、真空に埋まっているもう1つの何かに関係しているのです。 質量があれば、右巻きと左巻きの入れ替えが生じてしまいます。自然界に弱い力があり、弱い力が左巻き粒子にしか働かないということは、弱い力に関わる素粒子は質量がゼロでなければならないことになります。実際には、多くの弱い力に関わる素粒子には質量があります。そこで、素粒子に質量をもたせて右巻きと左巻きの粒子を入れ替えるために、真空中に右巻きと左巻きを入れ替える何かが埋まっていないといけないことになります。 苦肉の策として導入されたのが「ヒッグス場」だったのです。ヒッグス場は、量子色力学の場合の真空中に埋まったクォーク・反クォーク対の役割を果たすように導入されました。 ヒッグス場が真空中に凍りついて埋まっていると、他の素粒子がそこで玉突きを起こして右巻きと左巻きが入れ替わります。クォーク・反クォーク対の場合と異なるのは、それがクォークだけでなく電子などの粒子にも働くことです。おかげで電子が質量をもつことができました。
とうとう「ヒッグス粒子」の出番!
では、電子の質量の大きさは、どうやって決まっているのでしょう。これはある意味単純で、電子とヒッグス場との結合の強さというパラメータとして、理論の中に入っているのです。結合が強い粒子は重く、結合の弱い粒子は軽いのです。 実は、クォークもこのヒッグス場との結合をもつために、ヒッグス場を通じても質量を得ています。その大きさは電子よりも10倍程度大きいですが、それでも陽子・中性子の質量を説明するには小さすぎます。クォークは、真空中のヒッグス場にぶつかり、さらにクォーク・反クォーク対にもぶつかり、いわば多重衝突によって質量を得ているのです。そのうちほとんどはクォーク・反クォーク対によるもの、ということです。 質量が生まれる仕組みはこうして説明することができますが、それでも真空中に埋まったヒッグス場の正体はいったい何かという問題は残ります。クォークのように物質をつくっている何かではなさそうです。では、どんな性質をもったものなのか。さらに調べるには、その何かを真空からたたき出して測定するのがよいでしょう。 それが始まったのが2012年、CERNの大型ハドロン衝突型加速器(LHC)実験でした。ヒッグス場は、素粒子に質量を与える役割を担っているだけあって、ほとんどの粒子と結合をもちます。結合の強さは、それぞれの粒子の質量の大きさに比例しているはずです。それを確認できれば、ヒッグス場が質量を生み出していることの動かぬ証拠になります。 2012年以降、この測定は目覚ましく進展し、いくつかの軽い粒子を除いては、この比例関係が確認されました(軽い粒子はヒッグス場との結合が弱いので、測定するのも難しいのです)。素粒子に質量を与えているのは真空中に埋まったヒッグス場。この理解は、これで確立したと言っていいでしょう。 * * * さらに「宇宙と物質の起源」シリーズの連載記事では、最新研究にもとづくスリリングな宇宙論をお届けする。
高エネルギー加速器研究機構 素粒子原子核研究所