皆に好かれたがん患者が病室で死去 会いに行けず後悔した看護師に、先輩がかけた思いがけない言葉…あるべき看護とは
鶴若麻理「看護師のノートから~倫理の扉をひらく」
医療現場に立つ看護師たちは、日々、難しい場面に遭遇します。迷い、悩む看護師たちの姿から学べることは何か。聖路加国際大学教授の鶴若麻理さんが、医療の現実と生命倫理について、読者とともに考えていきます。 【漫画8コマ】看護師不足 理想のケアとは
すい臓がんで最後の入院 病棟看護師とは顔なじみ
70代の女性がすい臓がんで入院した。明るく気さくな性格で、毎日面会に来る夫と、おしどり夫婦として知られていた。 長い年月をかけてゆっくりと進行するすい臓疾患で、もともとがん化の可能性は高かった。定期的に内視鏡検査や治療を受け、病棟看護師とは5年以上の顔なじみになっていた。手術は困難で、治療方法や療養先に関して看護師によく相談していた。その後、病状が進んで急速に悪化、最後の入院となった。 余命が週単位となり、自分の担当の患者でなくても病棟看護師たちはよく病室に足を運んでいた。そのうちの一人の看護師は「夜勤が終わったら、また会いに来ますね」と約束すると、患者は「〇〇ちゃん、待ってるね。朝と言わず、またすぐ顔見せてね」と返した。しかし、その日の夜勤は緊急入院や急変が続き、引き継ぎが終わってからも仕事が残っていたため、昼まで会いに行けなかった。 勤務後、病室の扉の小窓から中をうかがうと、患者は寝ていた様子だったため、会わずに帰った。患者はその日の夕方に亡くなった。看護師は、患者との約束を果たさなかった自分の行動を後悔する気持ちが残った。
「他の患者さんも同じように看護できているの?」
そのことを先輩看護師に話すと、思いがけない返答があった。「担当じゃなくても、みんな彼女に会いに行ったり、勤務が終わってから話しに行ったりしていたけど……誰かを特別扱いするのって、おかしくない?」と。 病棟では、院内での看取りが予想される病状の患者が4人ほどいた。「スタッフみんな彼女のことが好きだったのはわかる。でも、他の患者さんだっていつ最期を迎えるかわからないじゃない。ちゃんと同じように看護をできているの?」。その場にいた同僚の別の看護師は「自分の担当患者をないがしろにしたことはない」と答えた。 この看護師は「本当にそうだろうか。当然、担当じゃない患者の対応をすることはある。誰かを特別に気にかけ、勤務時間外に病室に足を運んで話をする、そのとき何か患者に頼まれ事をされれば対応する。それは、他の患者さんから見て、どう見えるだろうか。誠実さや平等な看護とは何かを改めて自分に問う場面だった」と言う。