道路から2mも下がった三方崖の“訳あり”敷地 外観からは想像できないまるで図書館のような必見の室内 美意識と創造性で難題に挑んだ建築家の自邸とは?
長さ5mのコンクリート・テーブルが横たわるダイニング・ルームも必見!
雑誌『エンジン』の大人気連載企画「マイカー&マイハウス クルマと暮らす理想の住まいを求めて」。今回は、神奈川県逗子市にある小高い尾根の上に建つ一軒家。外からは内側がまったく見えない建物に足を踏み入れると、天井高が4m以上もある図書館のような空間が広がっていた。ご存知、デザインプロデューサーのジョースズキ氏がリポートする。 【写真16枚】外観からまったく想像できない! まるで図書館のような居心地のいいモダンな室内の写真を見る! ◆約2万冊の本の収蔵が可能 「四角い箱型の家に、大量の本が上手く収まるように設計した」と、逗子の自邸兼事務所について語る建築家の後藤武さん(57歳)。同じく建築家である奥様の千恵さんと2匹の猫と暮らすこのお宅のハイライトは、家の半分近くの空間を占めるライブラリーだ。2階分が吹抜けになった空間で、天井高は4.2m。約2万冊の本の収蔵が可能だ。建築家になる前は大学で美学美術史を学んでいた後藤さんは、設計の傍ら今も大学で教えているうえ、建築史の研究も続けている。 後藤さん夫妻はこの家に移る前は、横浜の中心部に事務所を構え、マンションで暮らしていた。いつの日か自邸を設計するため、何年も前から用意していたのが、逗子の小高い尾根の上にあるこの土地だ。もっともここは、不動産屋が「素人は手を出さない方が良い」と口にした場所。かつて配電用の鉄塔が建っていた跡地で、使えるのはせいぜい10m四方しかない。三方はすぐ崖で、残る一方の道路からも2mほど下がっている。それでも「今まで仕事をしてきた土地と比べて、遥かに良い条件。土地を整備しなくても、このまま家を建てられる」と判断し、破格の条件で手に入れた。 後藤さんはこれまで、上品で端正な外観の住宅を随分と難しい土地に建ててきた。今回自邸を設計するにあたって、最初は自身の建築に共通する、大きなガラス窓から景色を楽しめる建物を考えたという。しかしそれでは、太陽光で本が傷んでしまう。そこで現在のような、窓が少ない家のプランに辿り着いた。 完成した後藤邸の外壁は、茶色く塗装された木材で仕上げられている。周囲の樹木が芽吹けば、この茶色と緑のコントラストが美しいだろう。 駐車場に停まっているのは、「四角い外観の家に合う、カーブを基調としたデザインのフォルクスワーゲン・ザ・ビートル」。後藤さんは、「形が美しく見えるので、これまで黒いクルマを多く選んできた」と言う。一番長く乗った思い出深い一台は、黒のメルセデス・ベンツSL(R129型)。ゴルフのカブリオレを買いに出かけた際、隣に停まっていて一目惚れしたそうだ。最近運転するのは、週に一度70km離れた美大に教えに行く時と、週末が中心である。 さて、複雑な構成の後藤邸を簡単に説明すると、8m四方の重箱の形をした1階と2階を、少しだけずらした形状となる。間取りは、基本的に大きなワンルームで、1、2階の重なった部分は吹抜け。ずれた2階部分は、吹抜けに面した事務所・茶室、ロフトになっている。こう書くとシンプルな建物のようだが、実際にこの空間に身を置くと、立体的で不思議な構造に驚かされる。初めて訪れると、自分がどの場所に居るか分からなくなるのだ。お陰で床面積よりもはるかに広い家に感じた。 ◆驚きの室内空間 まずは入口のある2階から1階に下りていく。そして屋内に入る扉を開けると、なんとそこはダイニング・ルーム。三和土などは存在せず、目の前に長さ5mのコンクリートのテーブルが横たわっている。料理が得意な後藤さん夫妻は、このテーブルを囲む友人たちに料理を振舞うこともあれば、仕事の打ち合わせに使うこともある。特筆すべきは、ダイニングの窓からの、借景を利用した眺めが素晴らしいこと。庭の樹木がすぐ先にある谷を隠し、木が茂る向こうの尾根まで後藤さん宅の敷地のように見える。 そんなダイニングがあるのは、天井までが吹抜けになっているワンルームの一角。その大空間を、高さ180cmの収納壁が、ライブラリーやベッドルームと仕切っている。この吹抜けの上部を走る太い梁の視覚的インパクトも強烈だ。一番低い梁の下端は、床から180cmしかないのだから。身長179cmの後藤さんがギリギリ頭をぶつけない高さだ。そんな梁の上の世界を、猫たちは自分たちの領域として楽しんでいる。 本を守るため、南面に窓を設けなかった後藤邸の採光は、東のダイニングの大きな窓と西のバスルームの窓に加え、四つの天窓が中心となる。カーテンがないので朝の早い時間から寝室も明るい。この家で暮らし始めて後藤さんは、早朝から仕事をするスタイルに変わったという。 一方ライブラリーは、天窓と小さな窓があるだけの、少々暗い空間。静謐で考えが深まりそうな部屋だ。その一角に置かれた机が、後藤さんの思索のための場所である。一緒に建築事務所を運営している奥様のスペースは、いったん家の外に出ないとたどり着かない2階にある。後藤さんの机から大きな声を出せば聞こえるが、普段は2階にいる人の気配すら感じられない設計だ。 「住んで2年ちょっとが過ぎましたが、自分で設計したにもかかわらず、今でも色々と発見のある家です」と語る後藤さん。随所に美意識と創造性を感じさせる空間は、住む人の仕事や人生の質を高めてくれるに違いない。 文=ジョー スズキ(デザイン・プロデューサー) 写真=田村浩章 ■建築家:後藤武 1965年横浜市生まれ。大学卒業後は美学美術史の研究者としてキャリアを始めるものの、建築家を目指して東京大学大学院で再び学び直す。その後、隈研吾の事務所で、同氏の初期の代表作である「馬頭広重美術館」を担当。独立して自身の事務所を主宰し、住宅を中心に設計を行っている。後進の指導にも熱心で、現在は武蔵野美術大学造形学部で教鞭を。著作に『鉄筋コンクリート建築の考古学:アナトール・ド・ボドーとその時代』『ディテールの建築思考』などがある。建築写真の達人としても知られる。後藤千恵新潟県生まれ。建築家諸角敬の事務所を経て独立し、自身の事務所を主宰。2011年より後藤氏との共業が始まる。写真:DJ UCHINO ■ジョースズキさんのYouTubeチャンネル、最高にお洒落なルームツアー「東京上手」! 雑誌『エンジン』の大人気企画「マイカー&マイハウス」の取材・コーディネートを担当しているデザイン・プロデューサーのジョースズキさんのYouTubeチャンネル「東京上手」。建築、インテリア、アートをはじめ、地方の工房や名跡、刺激的な新しい施設や展覧会など、ライフスタイルを豊にする新感覚の映像リポート。素敵な音楽と美しい映像で見るちょっとプレミアムなルームツアーは必見の価値あり。ぜひチャンネル登録を! (ENGINE2024年6月号)
ENGINE編集部
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