消えたい気持ちを抱えて生きてきた──不登校や誹謗中傷、原発移住を経た、金原ひとみの「苦がない」今
多民族の住むパリでは、隣人の国籍もルーツもわからない。個人主義が根底に流れるフランスでは、人目を気にしないでいられた。 「たとえば不倫とかも、日本やアメリカではすごいたたかれるじゃないですか。でもフランスだと著名人の不倫も『ふ~ん、いいわね』くらいのニュアンスで流される。彼らは自分と関係ないことではあまり怒らない。日本では他人と自分を比べるという思考回路があるから、バッシングが起こるのかもしれませんね」 人間同士が全てをわかり合うことは不可能である。結婚して10年が経った頃、金原は他人だけでなく家族に対しても、それは同じだと悟った。 「夫とは些末なことで幾度も断絶を感じてきました。ずっと歩み寄ろう、理解しようともがいたけど、好きで結婚した夫婦でも“完全にわかり合う”って幻想だなと。ある時から諦めがついて、共生していくためのルールさえ互いに守っていればそれでいいやとなりました。“この分野ではまあまあ分かり合える、この分野は無理”といった感じで関係の全体像を掴めたことで、楽になったんです」
消えたい気持ちから逃げ続け 苦がない今
フランスでの6年におよぶ生活は、金原の考え方に変化をもたらした。新刊『ミーツ・ザ・ワールド』では、「どんなに楽しくても死にたい」というキャバ嬢と「人は生きてなきゃだめ」という腐女子、真逆の死生観を持つ2人を描く。 「少し不思議な感覚なんですが、私はフランスにいる間死ぬことへの恐怖が薄れていたんです。生まれたんだから死ぬよね、くらいのナチュラルな死の捉え方ができるようになったというか。それは治安の問題や、医療の在り方の違い、向こうで出会った人々の死生観など、色々なものによる変化だったんですが、日本では死と悲しみが極端に結びつけられてしまっているのではないかと感じるんです。通夜、葬式、納骨といった死後の一連の流れも、悲しむためのイニシエーションとなっているような」 そして、一つの死生観が導き出された。 「私は今までいろんな本や小説を読んできて、救われてきました。でも、多くの著者は死んでいる。つまり、生きている人以上に死者と対話をしてきたんです。作家に限らず、亡くなっても自分の中で存在し続ける人はいます。だから、極端な話この世界では誰も死なないと思っています」 金原は他人に期待せず、干渉もしない。諦念という言葉が似合う一方で、自分の気持ちに素直に生きてきた。 「私は常に消去法で『あれも嫌だし、それも嫌。じゃあ、これしかないか』という生き方をしてきたから、『あの時こうすれば良かった』はなくて、『その手しかなかった』という感じです。嫌なことを避けていったら、この人生でした。だから、後悔する余地がないんです」 振り返れば、小説執筆やフランス移住、リストカット、摂食障害も、“消えたい気持ち”から逃れるためだった。 「今は仕事や家事、趣味の時間がバランス良く取れていて、割と苦がない。いつまで続くかは分かりませんが、台風の目の中にきたかなという状態です」
--- 金原ひとみ(かねはら・ひとみ) 1983年8月8日生まれ、東京都出身。2003年に『蛇にピアス』(集英社)で作家デビュー。2020年に『アタラクシア』(集英社)で渡辺淳一文学賞、2021年に『アンソーシャル ディスタンス』(新潮社)で谷崎潤一郎賞を受賞。死にたいキャバクラ嬢と婚活中の腐女子を描いた新刊『ミーツ・ザ・ワールド』(集英社)が発売中。