至る所に亀裂、能登半島地震ーーザ・ノンフィクションが追い続けた老舗旅館・若女将が語る苦悩 #ydocs
取材班訪問
しかし、本当の試練が始まったのはその後だった。 地震発生からおよそ2週間後。ザ・ノンフィクション取材班は多田屋を訪れた。 7年ぶりの多田屋は激しく被災していた。 久々に会う弥生さんは健太郎社長や居合わせた従業員さんたちと、取材班をいつものような笑顔で迎えてくれた。懐かしさで嬉しく感じたが、無理しているのだろうと思うと、複雑な気持ちになった。 弥生さん、弥生さんの夫である社長の多田健太郎さん、施設管理課の古河朋明さんの3人の案内で被災した建物の中を歩く。本館から新館につながる継ぎ目を境に建物自体が沈み、至る所に亀裂が入っていた。亀裂の隙間からは青空がのぞく。 天井も落ち、あちこちの床が歪んでいる。特に、七尾湾に面した自慢の大浴場や客室の露天風呂の状況は無惨なものだった。事務所は壁が落ち、客室は慌てて避難した宿泊客の痕跡がリアルに残っていた。 館内を歩けば歩くほど、「営業再開」への道のりは気が遠くなるほど遠いのだという現実を、私たちも思い知らされた。 「どうやって直しましょう…」 途方に暮れたのか、弥生さんが、冗談っぽくつぶやいた。
山積みの問題、スタッフの雇用をどうする?
実際、営業再開に向け、問題は山積みだ。 修繕程度で済むのか? 再建のための費用は? 国や県はどれぐらい援助してくれるのか? 現時点ではわからないことだらけだ。 そして、弥生さんが何よりも気にしていたのが、営業ができない間、スタッフ70人の雇用をどうすればよいのか、ということだった。「雇用調整助成金」を利用したとしても、これまでのような給与を支払うことはとてもできそうにない。 一方で、地震発生から現在に至るまでのスタッフの頑張りは目を見張るものがあった。そんな姿を見るたびに、弥生さんは「これからもこのスタッフと頑張って多田屋を復活させたい」と強く思った。 1月末、全従業員に今後の雇用条件を提示した。営業ができない以上、良い条件を提示できるわけもなかった。 「いったいこんな条件で何人が残ってくれるのだろうか?」 しかし、これまで(2024年2月末現在)、退職を希望したスタッフは1人もいない。 岐阜出身で客室係の水野美里さんは「多田屋から見える能登の景色、そして職場の仲間が大好きだから、辞めることは考えられません」と話し、山梨出身の客室係の土屋斎さんは「社長の将来的ビジョンや夢に強く共感して入社しました。それを実現するために辞めたくない」と語った。 弥生さんは彼らの言葉を聞き、「思いを共有できている」と嬉しく思った。 そんな弥生さんの横で、夫である健太郎さんは力強く語った。「不安が全く無いといえば嘘になる。でも再開できる自信はあります」 健太郎さんのそんな言葉を聞いて、弥生さんは18年前、「花嫁のれん」をくぐった日に心に誓ったことを思い出した。「私は経営のことは分からない。だけど、健太郎さんのことは絶対的に信じていこう」。今こそ、その時だと思った。 「もしかしたら、この先、辞めていく人も出てくるかもしれない。けれど、再開したらきっとみんな戻って来ると信じているから、何も心配していません。だから今はやれることをやるだけです」 この記事はフジテレビ「ザ・ノンフィクション」とYahoo!ニュース ドキュメンタリーの共同連携企画です。 #Yahooニュースドキュメンタリー #令和アーカイブス
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