現役慶応ボーイの武藤嘉紀がプロ入り、覚醒した理由
ワールドカップ・ブラジル大会による中断から再開されたJ1において、武藤は8試合で実に6ゴールを量産している。日本代表に抜擢された2日後の8月30日に行われた鹿島アントラーズ戦では、0対2で迎えた後半開始早々に縦への鋭い突破から反撃の狼煙を上げるPKを獲得し、終了間際にはゴール前の混戦から起死回生の同点弾をゲット。敗色濃厚だったチームに勝ち点1をもたらした。 殊勲の同点ゴールを決めるわずか1分前には、左サイドからのクロスに絶妙のタイミングで飛び込みながら、頭でとらえたシュートが枠を外れている。ピッチを右手で叩きながら悔しさを露わにしながら、武藤は次の瞬間にはミスを忘れていたと試合後に打ち明けている。「(シュートを)外してしまったことなので、次を決めようと顔を上げました。いちいちへこんでいたらダメだと思うので。自分に対してのプレッシャーというものがいつもとは違うなと思っていましたけど、それでも一回のチャンスをものしようと感覚を研ぎ澄ませていました。その中で得点や(PK獲得という)結果を残せたのは、プラスになると思います」。 プラス思考と切り替えの速さ、ミスを倍にして取り返してやるという気持ちの強さ。前線の選手に求められる要素を満たしている武藤は、後半のアディショナルタイムには自陣に戻って相手ボールをカット。そのままドリブルで50m近い距離をカウンターで攻め上がり、あわや逆転のシーンを演出した。178cm、72kgの体に宿る、チームへの献身性と走力をもたらすスタミナも及第点に達していると言っていい。武藤本人も、当然のプレーとばかりに最後のシーンを振り返っている。「体力はまだ残っていましたし、あれが逆転につながれば一番よかったんですけど」。 9月1日から札幌市内で行われている日本代表合宿では、ハイレベルな環境の中で緊張と興奮、そして楽しさが交錯する時間を送っている。プロの世界に飛び込んでまだ半年足らず。現役大学生にしてイケメン、まだまだ解き放たれていない潜在能力の持ち主として。さらに高まる注目度とは対照的に、武藤本人はいたって冷静だ。「モチベーションはいつもと変わらないですし、逆にそうやって(日本代表だと)考えてしまうと自分のプレーができなくなってしまう。いつも謙虚な気持ちで、泥臭さを出していこうと思っているので」。 練習内容から推測すると、アギーレ監督が標榜する「4‐3‐3」の左ウイングをワールドカップ代表のFW柿谷曜一朗(バーセル)と争う構図となる。右ウイングが濃厚で、状況次第では日本の両翼を担う本田の背中を見つめながら、武藤は静かな口調で決意を新たにしている。「やはり存在感がありますし、そういう(本田をはじめとする)選手たちからいいところを盗みたい。その意味でも遠慮することなく、一日一日の練習を大切にしてきいたい」。 夢にまで見てきた日本代表への階段を一気に駆け上がったいまも、武藤は自らの立ち位置を見失わない。いまの自分には何が足りないのか。さらに上のレベルに到達するには何が必要なのか。自分自身との対話を繰り返せる「人間力」が武藤の最大の武器であり、さらなる成長を促す触媒となる。 (文責・藤江直人/スポーツライター)