夢はろう者として仮面ライダーに出ることーーろうの俳優が聴者と切り開く新しい世界
自分の演劇は聞こえない人を排除していたのか
山口さんは2015年に福岡県のNPOが主催する演劇ワークショップに参加。その後会社をやめ、アルバイトをかけもちしながら出演機会を探した。2018年に映画初出演、初舞台も踏んだ。 次のオーディションを探していて、ツイッターでろう者・難聴者の俳優募集を見つけた。それが、『テロ』を演出するピンク地底人3号さんとの出会いだった。3号さんは京都を拠点に活動する気鋭の劇作家・演出家である。 3号さんが手話を取り入れて作品をつくり始めたのは2年前。難聴の息子をもつ女性と知り合ったのがきっかけだった。 「それまで自分は音が聞こえる世界でしか演劇をつくっていなかったと気づいたんです。このままではよくない、聞こえない人や聞こえにくい人たちも楽しめる演劇をつくる必要があると思いました」 まず、聴者の俳優に手話を覚えてもらって1時間ほどのオンライン作品をつくった。次に取り組んだのが、山口さんが出演した舞台『華指1832』だ。山口さんの役どころは、ダイナーを経営しながら聞こえる息子を育てるろうの母親。京都のある町を舞台に家族をめぐる物語が描かれる。
「オーディションで会ったとき、『よくぞ来てくれました』と思いました。ときどき山口さんのように、ぼくの戯曲の世界を広げてくれる俳優さんがいるんです。絶対一緒にやりたいと思いました」 山口さんにとっては「それ以前はろう者としての自分を表現することを求められたが、はじめて本格的に役を演じた」作品になった。同作は注目を集め、岸田國士戯曲賞の最終候補作品にもなった。 3号さんは、ろうの俳優とつくる演劇をそれ一回で終わらせるつもりはなかった。神戸アートビレッジセンター(KAVC)のディレクターのウォーリー木下さんから「KAVCで創作をしないか」と依頼されたとき、真っ先に山口さんとやろうと思ったという。『テロ』は、ハイジャックされた旅客機を撃ち落としたパイロットが罪に問われる裁判劇で、ろう者は出てこないし、マイノリティーの問題を描くものでもない。3号さんのねらいはどこにあるのか。 7月のある日の稽古場。ばらけた場所にいる俳優たちが前に出て、横一列に並ぶ、というシーンがあった。動線が重なってぶつかる。俳優同士で、少しずつタイミングをずらそうと話し合う。身ぶり手ぶりで伝え合い、見えない人には聞こえる人が声で伝える。整理するのに10分近くかかった。声が出せたらものの数分で済みそうな場面だ。3号さんはこう言う。