亡き穴口さんと”一緒に”戦った堤聖也の世界戦、真っ先に気づいた真正ジム会長「涙が出そうに」 試合後には「穴口に見せたくて、ベルトを空に掲げた」
◇記者コラム「Free Talking」 「覚えてないけど…たぶん穴口と言ったんじゃないかな。だって、まず穴口に見せたくて、ベルトを空に掲げたんです」 WBAバンタム級新王者・堤聖也(28)=角海老宝石=が、10月13日の東京・有明アリーナを振り返った。前王者・井上拓真(大橋)を破った後、ベルトを掲げて発した言葉は何だったかとの質問への答えだった。 穴口一輝さんと対戦したのは昨年12月、同じ有明アリーナの日本同級タイトル戦だった。激戦の末に堤が勝利した名勝負は、年間最高試合に選ばれた。 その試合後の控室で、穴口さんは意識を失い、右硬膜下出血でこの世を去った。23歳だった。 堤は通夜、告別式に参列。4カ月後の6月には「穴口のことは今でも毎日思い出して考えます。でも、ボクシングに影響するとかは僕の中ではないです」と話した。 以降、その名前を口にすることはなくなった。だが、亡き穴口さんのことは常に背負っていた。その表れのひとつが、井上拓戦トランクスの背に記した「AK」のロゴ。穴口さんが自らのグッズに使用していたものだ。 誰よりも早くそれに気付いたのは、穴口さんが所属した真正ジムの山下正人会長だった。「涙が出そうになりました。ほんまにうれしい。堤は何も言わないけど行動で示してくれる」 石原雄太トレーナーも堤と同じ思いだった。10回開始前、押し返されかけていた堤に「穴口が見てるぞ!」と、初めて名前を出してハッパをかけた。堤が驚異的な集中力を見せ、決定的なロープダウンを奪ったのはその10回だった。 試合後、山下会長に石原トレーナーから「穴口の名前を出させていただきました」とLINEが届いた。「穴口も力を貸していたんやと思います」と、会長はまた目をうるませた。 堤はロゴについて「勝手にやりました。つけたかったから」と多くは語らなかった。穴口さんは常に共にいる。新王者はこれからも、空の上の好敵手とともに歩んでいく。(ボクシング担当・藤本敏和)
中日スポーツ