当時はみんなライバルだった 80年代『ジャンプ』の人気漫画家が赤裸々告白
ジャンプはなぜ日本一になれたのか?
少年週刊誌で最後に創刊されたジャンプが80年代に黄金期を迎えて、日本一になっていく。ジャンプはなぜ日本一になれたのだろうか? 「自由にやらせてくれたということが大きい。『どういうの書きたいの? やってみようか』と編集担当が一人で、これでいこうと決めてくれたので、作家の書きたいものがダイレクトに出ていた。だから読者の心をパッとつかんで、これ面白いんじゃないのって思ってもらえた」 絵が未熟だけど、「面白い、やっちゃおう」そういう編集姿勢が新しくて面白い先取り感を出せたのではないかと秋本氏は分析する。 嶋田氏は1位を賭けた壮絶なライバルとの戦いを語った。 「ジャンプはアンケート至上主義。80年代の作家っていうのは1位取らないと漫画家じゃないという時代で、2位に落ちたらメチャメチャ担当編集者に怒られまして」 いつも編集者との打ち合わせで使う喫茶店に『北斗の拳』の原哲夫氏が担当編集者と打ち合わせしていて、入って行った途端、すぐに立ち去ってしまったというエピソードも紹介した。そのくらいシビアなギスギスした雰囲気だったと話す。 「今はないと思うんですが、1位取らなきゃだめだって思っていたんで、キン肉マンが1位になったり、北斗の拳が1位になったり、翼が1位になったり、ほんまグルグル回ってまして。だから読み飛ばす漫画が1本もないという感じになったんだと思うんですね」 「徹底した新人起用。編集スタッフの方々の面倒見のよさ、アフターケアがずばぬけてよかった。差し入れのお弁当もおいしいし。あと家がないと、家借りるのに代理人になってくれて、たしかに面倒見が当時からよかった」と中井氏は編集部の温かさを強調した。 「新人が出やすい雑誌だったというのもありましたし、ベテランだからと言って優遇されない、ガチンコ勝負の場でした」完全、下克上の世界を高橋氏は淡々と穏やかな口調で話した。