免疫は壮大な「スーパーシステム」

　私が医学生だった約30年前、私にとってのヒーローだった教授の一人が、免疫学者の多田富雄さんです。 　多田さんの著書「免疫の意味論」（青土社、1993年）は衝撃的で、生命の複雑さと奥深さを知りました。 　免疫は、決められたプログラム通りに、「自己」が「非自己」を排除するという単純なものではなく、様々な細胞が、変わりゆく「自己」に対応しながら、複雑なネットワークを構築し、「自己」を形作っていく「スーパーシステム」だというのが、多田さんの説明でした。もう一つの「スーパーシステム」である「脳」に匹敵する重要な役割を担っているのが、「免疫」なのです。 　そんな壮大な「スーパーシステム」である免疫は、がんの制御や進展にも関わっているのは間違いなく、これまで長い間、治療応用への試みがなされてきましたが、複雑なシステムを相手に、なかなかいい結果が出ず、苦戦していました。 　扉を開いたのは、2010年代になって登場した「免疫チェックポイント阻害薬」でした。 　免疫は、「非自己」を排除し、「自己」へ寛容であるように働きますが、「非自己」と「自己」の区別はあいまいなことがあり、がん細胞はそこをうまく利用し、免疫による攻撃を回避しようとします。 　この仕組みを解明したのが、2018年にノーベル生理学・医学賞を受賞した 本庶佑（ほんじょたすく）さんたちで、免疫による攻撃を回避できないようにする免疫チェックポイント阻害薬の開発につながりました。 　今では、多くの種類のがんで、免疫チェックポイント阻害薬の有効性が示され、標準治療として使われるようになっていますが、免疫が「自己」を攻撃してしまうことによる副作用も起きていて、その対策が重要となっています。 　免疫チェックポイント阻害薬を使うようになって、「免疫」の実体に少し近づけた気がする一方、一筋縄でいかない「スーパーシステム」の奥深さも、改めて実感しています。