ベーコンはどのようにポートレイトに挑戦したのか?「フランシス・ベーコン:人間存在」(ナショナル・ポートレイト・ギャラリー、ロンドン)レポート(文:伊藤結希)
みどころ
20世紀イギリス美術の代表的な画家であるフランシス・ベーコンにまつわるポートレイトに着目した回顧展「フランシス・ベーコン:人間存在(Francis Bacon: Human Presence)」がイギリス・ロンドンのナショナル・ポートレイト・ギャラリー(以下、NPG)にて始まった。会期は10月10日~2025年1月19日。 本展は、ベーコンが人物像を描き始めた1940年代後半からキャリア末期の80年代までをポートレイトというジャンルを切り口に概観することで、被写体への関心をどのように深め、そのアプローチをどのように変革していったかに焦点を当てるものである。初期に描かれた匿名性の高い人物像から、フィンセント・ファン・ゴッホやディエゴ・ベラスケスなど巨匠が描いた肖像画のオマージュ、そして、ベーコンの友人や恋人たちの写真をもとに描かれた絵画へと、彼の画業を緩やかな時系列順に辿ってゆく。 中規模の展示室のスケールに対して、いささか野心的なテーマであることは否めない。しかしながら、とくに最終展示室に関して、ベーコンのポートレイトを人物別に展示を行うというのは、ありそうでなかったアイデアだ。人物別で見ることによって、どんなに歪められていても、描かれた人物それぞれに容姿の一貫性があること、個々人の唯一無二性を認めることができる点など、ベーコンの描く作品が持つ肖像画としての強度を再認識させられた。 また、従来の回顧展で光が当たることが少なかったベーコンの異性の友人(イザベル・ローソーン、ヘンリエッタ・モラエス、ミュリエル・ベルチャー)を「ポートレイト」というテーマの懐の広さによって大きく取り上げることを可能にしたのも白眉の功績だろう。
ポートレイトの出現
インテリアデザイナーとして頭角を表した後、オーストラリア人のアーティスト、ロイド・メーストルに師事しシュールレアリスティックな絵画を制作していたベーコンだが、1940年代後半から人物像を描くようになる。本展ではこの人物像の出現を、その後生涯続くポートレイト制作の出発点と位置付けている。 ベーコンと聞いたときに誰もがイメージする絵画、すなわち透明の檻に閉じ込められ、悲痛な叫び声を上げる人物は、ベーコンのキャリア初期を象徴する作品だ。