ひょっとして自分は「ヤングケアラー」だった?背景にある社会問題、本当に必要な支援を研究者に聞く
「ヤングケアラー」という言葉を知っていますか? 近年、社会が解決に向けて取り組むべき問題として、度々報道されており、認知度が高まっています。今回は、ヤングケアラー研究の第一人者である成蹊大学文学部現代社会学科教授の澁谷智子さんにお話を伺いました。 【メンタルヘルスを整えるアイデアまとめ】自分でできる呼吸法、セラピー、瞑想ほか(画像)
■「ヤングケアラー」とは? ――まずは、「ヤングケアラー」という言葉の意味について教えてください。 澁谷先生:「ヤングケアラー」とは、1980年代末からイギリスで使われるようになった言葉で、国際的には、慢性的な病気や障害、精神的問題、アルコール・薬物依存を抱える家族などを世話している18歳未満の子どもや若者を指します。一方、日本では、病気や障害を持つ家族のケアに限らず、ただ単に幼いきょうだいや高齢者の面倒を見ているケースも含めて広くとらえられています。 2024年6月に「子ども・若者育成支援推進法」の改正案が成立し、ヤングケアラーは「家族の介護、その他の日常生活上の世話を過度に行っていると認められる子ども・若者」とされ、国や自治体が支援を行う対象となりました。年齢が明記されていないのは、18歳を過ぎても家族のケアが終わるわけではなく、ケアがその後も続く…という実態を反映し、支援を必要とする若者を取りこぼさないようにしているためです。 ちなみに、オースラリアでは25歳までの人が「ヤングケアラー」とされ、イギリスでは18歳から25歳までの若者を「ヤングアダルトケアラー」と呼んでいます。 ――18歳を過ぎたからといって、本人にとって状況が大きく変わる、ということはありませんものね。 澁谷先生:18歳頃というのは、ちょうど大人への移行期で、進学や就職など、ライフプランを左右する決断を迫られる時期ですよね。ヤングケアラーのなかには、進路を決める際、アルバイトとして働いたり、自宅から通える範囲で自分の行く先を選択したりする人も少なくありません。この時期の若者には、それ以外の選択肢も具体的に示して、どういうことなら実現可能かを一緒に考え、決断をサポートすることがとても重要です。 特に、家族のケアを抱えながらも高等教育や仕事との両立ができるかもしれない、という見通しを持ってもらえるようなアドバイスや支援が求められています。 ■中学2年生の17人に1人がヤングケアラー。「母親」や「きょうだい」をケアする子どもたち ――日本には今、どのくらいヤングケアラーがいるのでしょうか? 澁谷先生:2020年12月~2021年2月にかけて厚生労働省が行った、ヤングケアラーの実態調査によると、世話をしている家族が“いる”と回答した人の割合は、中学2年生で17人に1人、高校2年生(公立全日制)で24人に1人。世話をする頻度は「ほぼ毎日」が最も多く、平日に世話に費やす時間は、中学2年生が平均4.0時間、高校2年生が平均3.8時間という結果が出ています。 日本で「ヤングケアラー」という言葉がメディアで取り上げられ始めたのは2013~2014年頃。当時は、孫が祖父母を介護するケースが取り上げられていたため、「ヤングケアラー=介護」のイメージを持つ人が多いかもしれません。しかし、教育現場での調査が進むにつれて、病気や障害を抱える母親や、きょうだいを世話しているケースのほうが多いことが徐々に明らかになりました。 厚生労働省の実態調査でも、ケアをしている家族が“いる”と回答した中高生の中で、ケアをしている相手として最も多かったのは「きょうだい」でした。 ■子どもが負うべき以上の責任や負担による、心身への影響とは? ――実際に、ヤングケアラーはどんなケアを担っているのでしょうか? 澁谷先生:病気や障害、高齢、幼い家族など、ケアが必要な人の状況や家族構成によって、子どもが担うケアも変化しますが、料理や洗濯といった家事全般、きょうだいの世話、身の回りの世話(食事や着替え、移動の介助)、感情面のサポート(身の回りや元気づけ)、家計の管理や日本語が苦手な家族のための通訳など、ケア内容は多岐にわたります。 やはり、周囲からのサポートを受けられず、子どもらしい時間を持てないまま、年齢以上の責任や負担を長期間にわたって負い続けると、日常生活や心身にマイナスの影響が出る場合があることがわかっています。 人にもよりますが、勉強する時間が十分に取れない、睡眠不足で体調を崩す、友人と遊ぶ時間がなかったり、ケアについて話せる人がいなかったりして孤独を感じる、というヤングケアラーは少なくありません。また、毎日のケアに追われて自分の健康や将来について考える余裕がなくなり、その結果として自己肯定感が低くなるといったことも現実に起きています。 子どもは本来、周りの大人に甘えても良いはずですが、その大人がつらい状況にあると、「頼っちゃいけない」と思い、つらい気持ちを自分で処理してしまうんです。 ――本来、子どもが負うべきではないことをすることで、精神面にも影響が出てきてしまうのですね。 澁谷先生:もちろん、子どもによって状況も性格も違うため、ケアによる影響は必ずしもネガティブな影響だけではありません。なかには、「同年代に比べて、自分は頑張っている」と、自分を褒める気持ちになれたという子もいます。 感じ方もさまざま。いざ子どもらしく遊ぼうとしても、「そういう気持ちになれなかった…」という子もいますし、逆に家庭が大変だからこそ、「学校で友達と遊ぶ時間がすごく貴重だ!」と感じる子もいます。 状況も人それぞれです。メンタルを崩した母親が「死にたい」と毎日言っているのを聞いている子どもと、がんのおじいちゃんの面倒を見ている子どもでは、心身や生活への影響は違ってきますよね。 それでもやはり、学校では、「頑張れば成果が出る」と教わっているのに、現実には「自分ひとりでどう頑張っても出来ないこと」が増えていくことを日々感じながら、それでも諦めずに子ども時代の日々を過ごすというのは、50代が経験する介護以上に精神的に厳しいところがあるのではないでしょうか。 これまでの日本社会では、家族のケアは家族の助け合いと捉えられ、美談とされることが多くありました。たしかに、こうした家族のケアを通して、マルチタスク能力が向上したり、トラブル対応力が磨かれたりと、ヤングケアラーが身につける力も多岐に渡ります。しかし、元ヤングケアラーに話を聞くと、「それらは大人になってから仕事を通して身につけてもよかった能力だったのでは?」と疑問を持っている人もいます。 ■ヤングケアラーの背景にある社会問題。本当に必要な支援を届けるには? ――社会全体が、子どもたちにケアを任せてしまってきたのですね。 澁谷先生:はい。ヤングケアラー問題の背景には、ケアにどれだけの時間と手間がかかるのかが見過ごされ、働くことが優先されてきた社会の問題があります。かつては、一世帯あたりの人数が今よりもずっと多く、家族で協力して家庭の問題にあたることができましたが、戦後、一世帯当たりの人数が減り、共働きが一般的になりました。さらに、少子高齢化も進み、大人だけで家庭を回すことが難しいケースも増えてきています。 現在のさまざまな支援制度は、家で「万全に」動けるお母さんが常にいることを前提として考えられており、実情とは違います。また、支援する先も、ケアを必要としている人に対してのものが中心で、ケアをする側への支援は少ないです。そのため、そのしわ寄せがヤングケアラーにおよんでいるんです。 ――ケアを必要とする人は増えているのに、ケアができる大人が減り、子どもたちがその役割を担っているわけですね。 澁谷先生:近年、高校生が高齢の家族の救急車に同乗するケースが増えてきています。そうした高校生が、人工呼吸器の使用についての判断を求められることも。これは高校生にとってはあまりにも大きいプレッシャーです。また、小学校低学年の子がお母さんが倒れた時にすぐに対応できず、そのことで、長く罪悪感を抱くようになってしまったという話もあります。さらに、親と子どもの認識にズレがあって、親は「家族で協力して何とかやっている」と感じている一方で、子どもは家族のケアのために睡眠を削ったり、部活をやめたりしているということも度々起きています。 祖父をケアしていたある元ヤングケアラーの話では、高校生のとき、胃と腸にチューブを挿してそこから栄養剤を入れる経管栄養の方法を、忙しくて病院に来られない親の代わりに看護師から指導を受け、その役割を家で担うことになったそうです。周囲の大人が忙しく、家族も専門職も子どもを大人扱いしてその場をやり過ごしてしまう結果、大人でも不安を感じるような作業を子どもがすることになってしまうという現実があります。 こうした状況を改善するためには、子どもはもちろん、その家族、教育関係者、医療関係者などが「ヤングケアラー」という言葉を理解し、ヤングケアラーに必要なサポートや地域で受けられる支援についての知識を共有することが必要だと思います。また、子どもが安心して、ケアについて気軽に話せる相手と場所を増やすことも課題ですね。 ▶「ヤングケアラー」問題解決のために当事者や周囲の人ができること へ続く 成蹊大学文学部現代社会学科教授 澁谷智子 1974年生まれ。成蹊大学文学部現代社会学科教授。専門は社会学・比較文化研究。『ヤングケアラー――介護を担う子ども・若者の現実』(中公新書)、『コーダの世界――手話の文化と声の文化』(医学書院)、『ヤングケアラーってなんだろう』(ちくまプリマー新書)など著書多数。 イラスト/クリヤガワレイ 取材・文/海渡理恵 企画・構成/木村美紀(yoi)