東京と福岡の“お屠蘇”は全く別ものだった…なぜ西日本では元旦に「みりんと屠蘇散の入った日本酒」を飲むのか
お正月にお酒を飲むという人は多いだろう。しかし伝統的な「お屠蘇」となると「口にしたことがない」というだけでなく、そもそも「お屠蘇を知らない」という若い世代も増えているようだ。地域差も大きな影響を与えており、50代の自営業者は「私は福岡県で生まれ育ちましたが、お正月の朝、つまり元旦には必ず家族でお屠蘇を飲んでいました」と言う。 【写真】これぞ日本のお正月の光景! テーブルいっぱいに広がる豪華なおせち料理とお屠蘇。 ***
「上京して都内の大学に通い、卒業すると都内の会社に就職しました。結婚したのは40歳の時で、相手は“3代続く江戸っ子”という家の長女。年末年始は交通機関が混み、飛行機はLCCでも高額なので福岡は2月に帰ります。そのため新婚の頃から正月は妻の実家に泊まりました。今でも鮮明に憶えていますが、初めて妻の実家で迎える元旦に義父が『お屠蘇を飲もう』と言って普通の日本酒を銚子に入れた時には驚きました。私が福岡県の実家で飲んでいたお屠蘇は日本酒にみりんを入れ、印象的な香りのする粉末が入った『屠蘇散(とそさん)』を漬けたものだったからです」 国語辞典の『広辞苑』(岩波書店)で「屠蘇」を調べてみると《屠蘇散に同じ》とある。そこで「屠蘇散」を見ると次のような語釈が記されている。 《魏の華佗(かだ)の処方という。年始に飲む薬。山椒・防風・白朮(びゃくじゅつ)・桔梗(ききょう)・蜜柑(みかん)皮・肉桂(にっけい)皮などを調合し、屠蘇袋に入れて酒・みりんに浸して飲む。一年の邪気を払い、寿命を延ばすという。日本では平安時代から行われる》 魏とは中国の三国時代に河北を支配した魏王朝(220~265)のことだ。華佗は文脈で医者だと分かるが、念のためこちらも調べよう。
屠蘇散の正体は漢方薬
《後漢末・魏初の名医。字は元下。麻沸散(麻酔薬)による外科手術、五禽戯と称する体操などを始める。曹操の従医になったが、のち殺された。生没年未詳》 曹操(155~220)といえば『三国志演義』に登場する英雄の一人であり、日本ではマンガ、アニメ、ゲームでもおなじみだ。曹操の健康管理を担当していた“かかりつけの名医”が発明した薬を酒に入れて正月に飲む──なぜそんなことをするのか、そもそも屠蘇とは何なのか、余計に分からなくなったという人もいるかもしれない。 京都・伏見の造り酒屋「山本本家」の創業は1677年。元号では延宝5年となり、江戸幕府の第4代将軍・徳川家綱(1641~1680)や、第5代の綱吉(1646~1709)の治世に当たる。 山本本家は日本酒の「神聖」や「松の翠」、「かぐや姫」の醸造で知られる。公式サイトには日本酒に関するコラムが連載されており、9月19日に「お屠蘇(おとそ)とは? 意外と知らない意味や歴史、飲み方を紹介」が掲載された。 その内容をご紹介しよう。まず興味深いのが屠蘇散の成分だ。中国の医師である華佗が処方しただけあり、完全な漢方薬だ。一般的に体に良い効果があると言われているものが使われている。