東京と福岡の“お屠蘇”は全く別ものだった…なぜ西日本では元旦に「みりんと屠蘇散の入った日本酒」を飲むのか
関東人は普通の日本酒が「お屠蘇」のワケ
《古代中国において「蘇」は悪魔のことを指し、「屠」は邪気を払うという意味の「屠る(ほふる)」を指します。このことから「邪気を屠り、魂を蘇らせる」というのがお屠蘇の由来のひとつです》 熊本大学薬学部薬用植物園の「植物データベース」によると、山椒は《健胃や整腸》、防風は《カゼの症状の治療、消炎、鎮痛作用》、桔梗は《鎮咳,去痰,排膿作用》が用途──こんな具合で、屠蘇散に入っている成分には全て効能が存在する。 つまりお屠蘇は単なる縁起担ぎではなく、実際に薬効が期待できるところが興味深い。1年の始めに体に良い“漢方薬酒”を飲み、心身共に健康になろうというわけだ。 そして、なぜ福岡県で生まれ育った男性は屠蘇散を入れたお屠蘇を飲み、東京都で生まれ育った義父は普通の日本酒をお屠蘇と呼ぶのか、この謎についてもコラムは触れている。 中国の屠蘇散が日本に伝わったのは平安時代。当初は平安貴族が正月行事として取り入れた。それが次第に一般庶民にも広がり、江戸時代になると屠蘇散を入れたお屠蘇を飲む人は相当な数に達した。 ただし、伝来の地が京都ということもあり、西日本には屠蘇散が広まった。ところが地理的な距離もあり、東日本はそれほどでもなかった。 西日本では「日本酒にみりんと屠蘇散を入れたもの」をお屠蘇と呼び、特に関東より北の地域では「正月に飲む普通の日本酒」をお屠蘇と呼んだ。 さらに熊本県では赤酒、鹿児島県では黒酒に屠蘇散を入れる。どちらも主に地元で醸造される伝統的な酒で、みりんに似た味が特徴だ。
「心身が引き締まる気持ち」
山本本家のコラムによると屠蘇を飲む作法が存在し、主なものは4つだという。 【1】元日の朝、元旦に飲む。 【2】お屠蘇専用の盃を使う。 【3】三段重ねの盃で3回に分けて飲む。 【4】年少者から年長者へ順番に盃をすすめる。 お屠蘇を飲む際は一家揃って東の方角を向き、【4】は若い人の生気を年長者に渡すという意味がある。ちなみに厄年の人がいる場合は、年齢順に関係なく最後に飲む──。 コラムを執筆しているのは山本本家の山本晃嗣専務。山本家のお屠蘇について聞くと、「酒蔵ですので日本酒がメインで、そこに屠蘇散を入れ、みりんは少しだけ使います」と言う。 「普段は妻と子供の3人暮らしで京都の街中に住んでいますので、元日は社長である父が住む伏見の本家に顔を出し、お屠蘇を飲みます。創業が江戸初期ですから当時の酒器が残っていたらよかったのでしょうが、旧幕府軍と新政府軍が1868年に戦った鳥羽伏見の戦いで全て焼かれてしまいました。漢方薬の入ったお酒ですから味に個性があり、義務感で飲んでいた時期もありました。ただ最近は薬効を感じるというか、元日のお屠蘇で心身が引き締まるような気持ちになれますね」