安田大サーカス・団長安田「阪神・淡路大震災で、親友がいる崩壊したビルに声をかけ続けて。友を亡くして、僕は芸人になった」
◆ゴールの見えない被災者の生活 マンションの1階にあったわが家はガラスが割れたり、家具が倒れたりしたものの、そのまま住み続けることができる状態でした。 一番困ったのは水。しばらく水が出なかったので、給水所までもらいに行くんですが、水を入れるには容器が必要でしょう。灯油を入れるポリタンクはあったけど、さすがに飲み水は入れられないので新しいのを買おうとしたら、めっちゃ高い! 普段は数百円のポリタンクが2000円とか。こんなときでも、儲けようとしているヤツがおるんかいって。 でも、しゃあないからそれを買い、近所の公園に設置された給水所まで、僕が毎日せっせと通っていました。 食料は、僕らの周りは意外に早く配給が回ってきたので、お腹がペコペコで困ったという記憶はありません。おにぎりとかカップ麺とか、いろいろご準備いただいて、途中からはむしろ余っていたくらいです。 ガスが使えないのにカップ麺が食べられたということは、うちにカセットコンロがあったんかなぁ?30年くらい経つとその辺の記憶もなんだか曖昧なんです。 ただ、はっきりと覚えているのは、いたるところで大人がケンカして、いがみあっていた姿です。食べ物は余っているのに、「あいつ、たくさんもらいすぎや」と文句を言う人とか、僕ら家族がもらったおにぎりを盗んでいったヤツもいました。 避難所で生活していた見知らぬ人に、「あっちのほうが日当たりええ。不公平や」と、陰口を聞かされたこともあります。 それもこれも、みんな頑張りすぎちゃってるからなんですよね。家が倒れ、街が崩壊して、いつ元通りに戻るかもわからない。被災者の生活は、たとえて言うならば、ゴールが見えない長距離走のようなもの。 そんな先の見えない状況の中で、「頑張らなあかん!」と、ずっと張り詰めて過ごしていると、心に余裕がなくなってイライラする。その苛立ちをぶつけるところがなくて、それまで仲が良かった人とも仲たがいしてしまう。 震災は人の心をこんなにも変えてしまうのか――。そんな大人たちの姿が、20歳の僕にとっては最大の衝撃でした。 その経験から、今、僕が震災の話をするときは、「被災後は頑張りすぎず、ボチボチやりましょう」と、お伝えするようにしています。
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