約150の島々からなる五島列島。癒やしの島で聞く「ただいま」の声
【この人に聞きました】ホテル・カラリト五島列島 支配人 原野秀敏さん
「天空の城ラピュタ」「もののけ姫」などのアニメ映画の背景画を描いた美術監督、山本二三は「師は、自然」と語っていた。少年時代を過ごした長崎県・五島列島の福江島に残る武家屋敷は、彼の作品を展示する美術館に生まれ変わった。コバルトブルーの海、青空に浮かぶ入道雲、濃い緑色の森、南国の詩情あふれる光景はジブリのふるさとなのだろう。 テラスの向こうに広がる東シナ海、満天の星、白浜に打ち寄せる静かな波の音に包まれたホテル・カラリト五島列島がオープンしたのは、一昨年8月のことだった。支配人の原野秀敏さん(34)の前職はスポーツウエアの販売担当。「カラリと晴れた空のように、飾らない自分に戻れる居場所をつくりたい」という夢に魅せられ、東京五輪後に転職を決意し、家族とともに島に移住した。
「主客一体」を目指している。ゲストとスタッフが垣根を越えて交流する。マリンスポーツ、テントサウナ、ハイキング、自然の中で一緒に遊び、焚火を囲んで語り合うことも。「ただいま」といつでも帰って来られるふるさとのようになりたい、と言う。若いスタッフにホテル勤務の経験はない。常識に縛られないため、素人チームでスタートを切ったのだ。 もちろん順風満帆というわけにはいかない。ゲストが1人だけの日もあった。思いが空回りし、口コミサイトに批判されたことも。原点を忘れていないか、そのたびに話し合いを重ねた。剛腕タイプではない。一人ひとりに役割を理解してもらい、チームワークで前進する。浜辺でプロポーズを頼まれた時には知恵を出し合ってサプライズを演出し、スタッフも一緒に涙を流した。開業から1年、リピーターの予約が入った時、「おかえり」と胸が熱くなったという。 昨年8月に亡くなった山本は五島百景を遺した。潜伏キリシタンの苦難を伝える教会、溶岩積みの石塀、気根が絡み合うアコウの巨樹、椿の森……。美しい自然と文化に見守られ、そこは癒やしの島である。 文・三沢明彦 ※「旅行読売」2024年8月号より