南極観測隊、初の女性隊長・原田尚美「民間企業への就職を辞退し、研究者を目指して。きっかけは、楽しそう、面白そう、という興味から」
2024年12月に南極に向かう第66次南極地域観測隊の隊長に、東京大学大気海洋研究所教授の原田尚美さんが就いた。33年前の初参加から、今回で三度目の南極行きとなる。「初の女性隊長」と注目されるなか、その意気込みを聞いた(構成=山田真理 撮影=洞澤佐智子) 【写真】2018年、第60次南極地域観測隊では副隊長として参加したときの1枚 * * * * * * * ◆北極に行く観測船に乗船 南極から戻って博士課程を終えた私は、現在の海洋研究開発機構(JAMSTEC)に就職します。最初はJAMSTECが受託した東シナ海のプロジェクトに参加、海洋環境や海洋中の物質循環の変化を主に研究していました。 それが2002年よりJAMSTECでも科学研究費補助金という競争的資金に応募できるようになり、獲得できれば、研究所の仕事と並行して関われるようになったのです。 そこで2010年から取り組みはじめたのが、北極でした。地球温暖化によって北極海の海氷が急激に減り、ホッキョクグマの生息が危ぶまれる、というニュースを耳にした方は多いでしょう。地球温暖化は1980年代後半から注目されてきましたが、北極と関連づけて語られるようになったのは、まだここ15年ほどのことなのです。 海氷の減少による、プランクトンなどの生態系や炭素といった物質の変化を継続して調査するため、北極に行く観測船に乗船するように。すると北極と南極に観測基地を持つ国立極地研究所から、「第60次南極地域観測隊の副隊長をやりませんか」と声がかかりました。ジェンダーバランスが意識される時代になり、女性隊員を増やしたい意向もあったのだと思います。 副隊長に求められるのは、隊長を補佐して隊の一人ひとりのミッションがうまくいくよう、全体を統括したり調整する役割。とはいえ、南極では毎日が楽しくて刺激的なんですよね。調査研究に没頭する隊員たちを見るにつけ、まざまざと蘇ったのは、27年前の「失敗」でした。
◆人生の「宿題」を終わらせる あれは私の人生の、宿題のようなもの。もう一度行って終わらせよう。年齢的にも最後の挑戦になるだろうと、2年ほど前から南極での研究費を獲得するための準備を進め、今回参加できることになりました。隊長としての仕事はありますが、副隊長や隊員たちと連携を取りながら自身の研究も進め、宿題を終わらせたいと思っています。 例の観測機器も、現在ではかなりハイテク化されたセンサーを搭載。海水温や塩分濃度などを計測するほか、その動きから生物粒子と非生物粒子を判別できるセンサーも開発中です。当時失くした、海水中でプランクトンが生成する有機物の粒子を2週間に一度、自動で集める測器も搭載します。 ほかに重要視している観測データは、海水のpHと二酸化炭素濃度。地球温暖化が進むにつれて大気中の二酸化炭素が海の表層に溶け込むと、本来は弱アルカリ性である海水が中性あるいは酸性へ傾いてしまいます。 これはもうひとつのCO2問題と言われていて、炭酸カルシウムで殻を作る貝などは、幼生で酸性化が進行した海水にさらされると死んでしまうことも。エビやカニの甲羅を作るキチン質も4割ほどが炭酸カルシウム。実際、アメリカ西海岸では牡蠣、アラスカではズワイガニの漁獲量に変化が出ており、北極海では以前から海洋酸性化がクローズアップされてきました。 近年はこうした観測データに加え、スーパーコンピュータで「未来にどのような変化があるか」を予測できるようになっています。ここに現地での最新の観測データがひとつでも加わると、予測結果の確度は格段に高まるのです。 スーパーに行けば北海道産のサケが減り、北海道周辺でブリが獲れるようになるなど、海の環境の変化は、読者の皆さんもリアルな実感をお持ちだと思います。私たちの研究結果はなにかと心配を煽ることになってしまいますが、できる限り警鐘を鳴らし、普段の生活を見直していただくきっかけを作りたい。 というのも、北極や南極周辺では、スーパーコンピュータを使った予測結果より、現実の地球温暖化のほうが遥かに速いスピードで進行していることがわかっているからです。約10年前には「2050年に北極の夏は氷がなくなる」と予測されていたのが、現場の観測結果からは「どうも2050年まで持たないんじゃないか」と言われている。 このように、実際に海氷の減り方などを観測で確かめることが大切で、私たち研究者が現地へ出かける必要があるのです。 さまざまな変化が地球規模でどう進んでいるか、それが将来の地球にどう影響を及ぼすのか確かめてきますので、隊の活動を見守り、応援していただけたら嬉しいです。