鍵は成長パターン?約6億年前出現、奇妙な最古動物の正体探る新研究
最新ディッキンソニア研究
古生物学において「よくわかっていない」テーマはいくつかある(この連載を通していろいろ取り上げてきた)。そしてこの条件は、研究者にとって必ずしも「居心地が悪い」というわけではない。平たく言えばいまだ解明されていない挑むべきミステリーそのものだ。研究者にとっては人知れず埋もれたままの大きな金鉱のようなものだ。チャレンジの見返りとして大きな報酬をゲットする可能性もある。ディッキンソニアは、「動物の起源と初期進化」を探求する上で格好の材料になるからだ。 さて、つい最近ディッキンソニアの正体に関する興味深い研究論文(Hoekzema等2017)を見かけた。研究者チームの中心メンバーの一人Hoekzema氏は、イギリスのオックスフォード大学の数学学部で博士号課程に従事する生徒のようだ。数学や統計学に精通していれば、ディッキンソニアのデータを、斬新な方法で分析することもできるだろう。 -Renee S. Hoekzema, Martin D. Brasier, Frances S. Dunn, Alexander G. Liu. Quantitative study of developmental biology confirms Dickinsonia as a metazoan. Proceedings of the Royal Society B: Biological Sciences, 2017; 284 (1862): 20171348 DOI: 10.1098/rspb.2017.1348
この最新のディッキンソニアの研究論文だが、2、3非常に興味深い点がある。まずディッキンソニア・コスタタ(Dickinsonia costata)という種の「成長パターン」にターゲットを絞っている点だ(上のイラスト参照)。小さいものから大きい個体のモノまで16の化石標本の体各部のサイズなどの計測をもとに、データを比較・分析している。一番小さい標本の体長はわずか7mm。サンプルの中で一番大きなものは134mmにおよぶ。その差は約20倍近くになる。 小さいものほど、より若く、大きいものほど、より成長した個体という前提のもと、ディッキンソニアの体に見られる「線の数」の変化に、研究チームは目をつけた。ディッキンソニア・コスタタが成長する間、この線の数は増え続ける傾向があるそうだ。最小の個体はわずか11本の線しか見られないが、最大のものは58本ある。体の大きさと線の数のは明らかな相関関係がある。より大きく成長したものほどたくさんの数の線をもつ。そのため線の数を「model time」とし、ディッキンソニアの年齢をあらわす指標として、この研究論文の中で使っている(=図における「成長時期」参照)。 そして今回の研究チームによると、線の増え方にも独特のパターンがあるそうだ。新しい線は、前方部から増え続けていったようだ。図の中の「赤い線」は11番目の線を示す。一番左の小さな個体(=若い個体)は、11本目の線が一番前の部分に位置している。しかし一番大きいディッキンソニア(=右側のもの)は、この11番目の線が、かなり後方部に位置しているのが分かる。 そしてもう一つ興味深い点は、線の数と大きさの変化の関係において、より小さい時ほど線の現れる頻度が高い(早い)というデータだ。成長するにつれて新しい線の現れる頻度が下がってくる。 こうした一連の成長パターンにおけるデータは、2つの点において重要と、研究チームは提案している。まず「体の線の役割」は、この生物(動物)が水中を漂うときに使っていたと考えられる(注:体全体の膨張性・拡大性につながった可能性がある)。この仮説によると、大きい個体ほど水中において浮力が増していたと考えられる。(さらにこの仮説を深読みするなら、ディッキンソニアはある程度の動力性を備えていた可能性がある。) 二つ目の重要なポイントは、線の増え方が体の中心線をもとに、左右でバランスよく対称的に進んでいた可能性だ。この仮説的アイデアによれば、ディッキンソニアは頭部と臀(でん)部をもつ「縦長」のボディープラン(=体の構造)を持っていたことになる。ディッキンソニアは、動物群の中でも「左右対称動物」と呼ばれる一大グループの直接の祖先だった可能性を示しているといえる。(注:「左右対称動物」はミミズやゴカイ、貝類、硬骨動物類、そして脊椎動物までも含む大きな動物分類上のグループで、より初期の「放射相称」型などの体をもつ動物グループ(珊瑚やクラゲ、スポンジ等)とは、はっきり異なる。) 注:動物類の大まかな分類と系統関係はこちら参照。 こうしたデータに基づく見解を考慮にいれ、研究チームはディッキンソニアを動物界(Animalia及びEumetazoa)の中でも原始的な「Bilateria」(左右相称動物)の仲間だと提案している。(先のページの仮説リストの中でも4番目か5番目(?)に近いことになるが、読者の方はどう感じられるだろうか?) 進化の道筋を探求するとき、個体間にみられる「成長の仕方」は、特に最近の進化学において非常に重要で「鍵」とされることがある。様々な動物グループにおいて、大きく育った成体だけを比較すると、時にその形態やサイズのあまりの違いに、ただただ絶句してしまうかもしれない。まったく正体不明・分類不明とする結論が出される可能性もある(いくつもの先カンブリア代の生物化石のように)。しかし成長の詳細な過程(プロセス)は、遺伝子によってはっきりプログラムされているので、なかなか簡単には変わらないようだ。広義な動物のグループにおいて、同じような成長プロセスが基本的に見られる。 例えばたくさんの動物グループが左右相称型の成長プロセスの備えているように。そしてチンパンジーと人の赤ん坊の成長のプロセスは、イヌやカンガルー、または蛇やワニのそれと比べて「非常に似ている」。こうした事実は進化の秘密を探求する際、一つ鍵となるかもしれない。 そう、今回の研究チームは、ミステリアスなディッキンソニアの正体を探る上で、その「成長パターン」にテーマを絞っている。その真相(そして結論の成否)は別として、なかなかの慧眼だといえないだろうか。