最後の純エンジン車としては最高のチョイス ポルシェ911カブリオレにモータージャーナリストの国沢光宏が試乗
閉めて速くて、開けると気持ちがいい!
かつて同時に4台のオープンカーを所有していたという自動車ジャーナリストの国沢光宏氏は、肌寒くなってきた都心の朝、ポルシェ911カブリオレに乗って、何を思ったのか。 【写真15枚】オープンスポーツのベンチマーク、911カレラ・カブリオレ 閉めて速く、開けて気持ちがいい 麻雀をしない人からすれば解りにくい“例え”になって申し訳ないが、クルマ好きにとってオープンカーは2翻役くらいのプラス価値を持つ。御予算100万円以下で買える中古車であっても普通のクルマとまったく違う楽しさを味わえるし、911のような“満貫級”モデルであれば、裏ドラが2つ乗るようなもの。高速道路やワインディング・ロードに行かなくても楽しめるクルマになる。 この仕事を40年以上やっていると、いろんなクルマに乗る。使われている写真は(カメラマンが上手だし)いかにも楽しそうに見えるが、断固「仕事です!」。とはいえ天気の良い早朝の都内で911のソフトトップを開けて走ったら「やっぱ気持ちいいですね」になってしまう。先日レクサスLC500コンバーチブルに乗った時も「いいね!」と思ったが、911も引き込まれる。 何を隠そうオープン好きだ。一時期はフォルクスワーゲン・カルマンギア・コンバーチブルと、ダットサン・フェアレディ2000(SRL311)、ユーノス・ロードスター、ホンダ・ビートを4台同時に持っていたことがあるほど。屋根を開けた途端、まったく違うクルマになるから面白い。大好物のルートは湘南海岸沿いを走る134号線。鶴岡八幡宮から海へ向かうストレートを抜け、材木座海岸手前で屋根を開けて134号線に入る時の気持ちよさときたら、文句なし。 とはいえ早朝の都内もステキだ。さすがに夏場は蒸し暑さに負けるけれど、秋の乾いた風が吹き、さらに冬に入って空気がいっきに冷たくなると、もはや満貫+αじゃなく役満級の“上がり感”になる。オープン・モデルを持っていた時は、羽田や成田に着くと、必ず屋根を開けて帰ってました。仕事が終わった充実感を味わえるのだった。何より移動が楽しくなる。 ◆もはや貴重な存在 911カブリオレだった。ここにきてオープン・モデルが続々と終売になってきた。メルセデスはSLとCLEだけ。BMWも4と8シリーズと、Z4しかカタログに残っていない。フォルクスワーゲンなんか無し。手頃な価格で買えるのはミニだけに、という寂しい状況。911カブリオレとボクスター、希少な存在になりつつある。最後のエンジン車を考えている人からすれば、魅力的な存在だと思う。 では911カブリオレは、屋根付きの911とどう違うか? もちろん普通の911だって素晴らしいクルマだ。純粋なスポーツカーとして存在しながら、毎日の相棒として使える。大きくなったとはいえ全長は4519mmとCセグメントのハッチバックと同等に収まっており、全幅は1852mmで最近売れ筋になっているDセグメントSUVの1900mm級ボディと比べたら取り回しも楽。フェラーリやマクラーレンより気軽に乗れる。 ◆本能には勝てない それでいて性能は素晴らしい。ポルシェ911はベース・モデルのカレラ・クーペでさえ、最高速が294km/h、0- 100km/h加速は4・1秒。使い切れないスペックといってよい。ベース・モデルであってもサーキットに持ち込まないとフルに性能を引き出せないほど。このあたり、高性能モデルに乗っている人に共通するジレンマといって良い。性能を楽しむために作ったクルマなのに、使えないですから。 そんな悩みを少し和らげてくれるのがカブリオレだったりする。近代以降のカブリオレというジャンル、前述の通り海沿いの道(英国のコーニッシュやイタリアのリゾートであるポルトフィーノあたりが最高とされる)を走ったり、夜の都会を走ったりするために作られた。ロールス・ロイスとフェラーリの車名に付けられた上記の道も走ったけれど、なるほど「苦しゅうない」でした。 オープンカーの魅力って、本質的なモノなのかもしれない。当たり前ながらヒトは動物としての本能を持つ。移動することで多くの配偶者や食&住環境に出会える。「クルマという移動のための道具はヒトの本能を満たしてくれる。だから意味もなく走るだけの“ドライブ”が楽しいのだ」ということを生物学者に聞いた時は「なるほど!」と深く納得させられた。 さらにヒトという動物を考えたら、そもそも移動はオープン・エアである。風を切って移動することこそ王道だ。実際、乗り物の中で「最高だね!」と感じるのは、10ノットくらいで走るフネの先頭(バウと呼ぶ)に座っている時だ。適度なスピード感と、適度な風を受ける。ヒトの身体は自分で出せる最高速まで適応するようになっているそうな。10ノット=18.5km/hです。 オープンカーに乗れば解る通り、100km/h以上出しても楽しくない。上限で70km/h。できれば50km/h以下をもって最高としておく。だからこそ海沿いの道や都内のスピード・レンジが楽しいんだと思う。ここまで読んで鋭い読者諸兄なら「なるほどね」かと。本来性能を追求するスポーツカーは、速く走らないと楽しめないということになる。911を全開で走らせたら、ホンキで楽しい! そんな911の屋根を開けて走ると、突然ノンビリ走って快適なクルマになってしまう。911カブリオレの素晴らしい点は、性能も犠牲にしていないこと。クローズド状態にすることで、高速走行時の快適性はクーペに限りなく近くなる。最高速もクーペより3km/h遅いだけの291km/h。0-100km/h加速は0.2秒遅れの4.3秒である。おそらく体感できないレベルです。 生物学者によればヒトという動物は「速く移動すること」にも本能的な魅力を感じるそうな。だからこそ速い乗り物を好む。911本来の性能を引き出すと、ココにツボります。そして屋根を開けたら、風を受けることで移動するということを実感できるため、これまたツボる。40年以上この業界にいる評論家だって本能にゃ勝てない。だから仕事でも楽しくなっちゃう。 普通の911だって十分楽しめるけれど、屋根が開くと違う楽しさも味わえる。あまりに気持ちよかったので、またしてもオープンカーに乗りたくなってきてしまった。911カブリオレかボクスター、最後の純エンジン車としては最高のチョイスかもしれません。 文=国沢光宏 写真=神村 聖 ■ポルシェ911カレラ・カブリオレ 駆動方式 リア縦置きエンジン後輪駆動 全長×全幅×全高 4519×1852×1297mm ホイールベース 2450mm 車両重量 1580kg エンジン形式 直噴水平対向6気筒DOHCターボ 排気量 2981cc 最高出力 385ps/6500rpm 最大トルク 450Nm/1950-5000rpm トランスミッション 8段デュアルクラッチ式自動MT サスペンション(前) ダブルウィッシュボーン+コイル サスペンション(後) マルチリンク+コイル ブレーキ(前後) 通気冷却式ディスク タイヤ(前) 245/35ZR20 タイヤ(後) 305/30ZR21 車両本体価格 1654万円 (ENGINE2025年1月号)
ENGINE編集部