心がザワザワしなくなりました 元日経WOMAN編集長が見つけた道
出版社を辞めて、心がザワザワしなくなりました――。多くの女性から支持される人気雑誌「日経WOMAN」(日経BP)の編集長だった藤川明日香さん(50)は、昨年春、25年間勤めた出版社を早期退職した。第二の人生として選んだのは「ひとり出版社」を起業する道だった。決意の裏側を聞いた。【坂根真理】 【写真で見る】蔵書230万冊「知の円形劇場」 国内外の観光客でにぎわう築地(東京都中央区)の一角に、藤川さんが立ち上げた出版社「月と文社」がある。心を込めて手掛けた大人向け絵本「東京となかよくなりたくて」、自分らしさを大切にして活躍する女性たちにスポットライトを当てたインタビュー集「かざらないひと 『私のものさし』で私らしく生きるヒント」が置かれた部屋に目をやりながら、藤川さんは「狭い部屋なんだけど、隠れ家みたいで落ち着くんです」と満足そうな笑みを浮かべた。 日経BPでの25年のキャリアのうち、「日経WOMAN」の編集に15年間携わった。著名人から一般人まで幅広い人たちを取材することや、読者に響くように誌面づくりを工夫することが楽しく、やりがいを感じた。働きぶりが評価され、2018年に43歳で編集長に抜てきされた。 管理職になることは自ら望んだキャリアではなかったが、期待されることはうれしく、「この立場だからこそ得られるものがあるはず」と思い、引き受けた。 だが、編集長の重責は想像以上だった。「雑誌離れ」が加速する逆風の中で、売り上げを伸ばさなければならなかった。多くの女性からの支持を得続けるために走り続けた。ブランド価値を維持させるための試行錯誤を続けながらも、管理職として部下への気配り、目配り、心配りは欠かせなかった。 がむしゃらに走り続けた5年間だった。多方面への気遣いを続け、気がつけば息切れ状態に陥っていた。 日経WOMANは「仕事を楽しむ 暮らしを楽しむ」をテーマにした女性のための情報誌だ。だが、そもそも仕事も暮らしも楽しめている自分がもういなくなっていた。 会社に勤め、出世を積み重ねて、上を目指す。当たり前とされる価値観に共感できず、抱えてきた違和感が心をずっとザワつかせていた。 「自分の人生はこのままでいいのかをずっと考えていました」 編集長として歳月を重ねると疑問は深まった。 そんなとき、ふと立ち寄った書店で、ひとり出版社や小規模出版社を立ち上げた人たちを取りあげた本が目にとまった。 自分が作りたい本を自分のペースで作る姿に共感した。 会社を辞めることは、経済的な安定を捨てることを意味する。不安がないわけではなかったが、独身で子どももいなかった。自由に使える蓄えが手元にあったことも、決意の後押しとなった。 「何かにとらわれていた気持ちがほどけて人生の味わいが増すような本を出し続けていきたいです」 退職した今は、50代から先のなりたい自分の姿を語る。心境の変化について、「心がザワザワしなくなりました」と、藤川さんは言う。 会社にいたときは、常に他者の目線や評価が気になった。また、雑誌の売り上げが伸びなければ、自分の存在価値まで否定されたような気がした。 心を擦り減らした生活はがらりと変わり、今はほとんどストレスがない。本の印刷費などの経費が高騰し、貯蓄を取り崩して何とかしたこともある。それでも、やりたいことをやれている充実感でいっぱいだという。 「社会に出ると、人からの評価を自分のすべてのように感じてしまいがちです。本当はそうではないと頭では分かっていても、人の評価に対して過剰に反応し、苦しくなってしまう」 当時の自分を振り返り、同じように悩む人に語りかけるように話した。 「今の状態が苦しいと思う人は、信頼できる人と壁打ちのように話をしてみるのもいいのではないでしょうか。まずは、自分で自分のことを認められる、息がしやすい状態に身を置くことが大切だと思います」