いったい、どのようにこの宇宙は誕生したのか…最新研究から見えてきた「驚きの仮説」
時空を超えた人類の壮大なコラボレーション
そのように宇宙の歴史の中でほんの一瞬にすぎない存在である私たちが、宇宙の歴史全体を語り、その始まりを根拠とともに議論できるようになったことに、あらためて驚きます。これが可能になったのは、人類がサイエンスという重要なツールを手にしたからだと言えます。 実験や観測によって確かめられた事実を、普遍的な論理関係を論じる数学で包括的に理解し、ある時点での理解を後世につなぎ、理解できる領域をどんどん拡大するサイエンスという営みのおかげで、1人の人間が明らかにできることを人類全体に広く共有して、また時代を超えて理解を磨き続け、人類は自然の仕組みを詳しく理解し、それに基づいて新しい技術を生み出してきました。 つまり、サイエンスは時空を超えた人類の壮大なコラボレーションだと言えます。 そして、今私たちが手にしている知見や技術は、時空を超えて多くの人の協力によって生み出されたことを思い起こすとき、その結果はやはり広く多くの人に知ってもらうべきであるし、より多くの人のために用いられるべきであることが、自然に理解できると思います。言うまでもなく、一部の人を利するために用いられたり、力によって他人の意見を変えることに使われたりしてはいけないのです。 『宇宙と物質の起源』で宇宙・物質の起源について語るのは、この分野の最先端を開拓する研究者で、筆者を含めて茨城県つくば市に大学共同利用機関法人として設置された高エネルギー加速器研究機構(KEK)の素粒子原子核研究所に所属しています。ここでは、小林誠・益川敏英両博士の2008年ノーベル物理学賞受賞のきっかけとなる実験結果を生み出したBファクトリーのアップグレードを行い、そこで実施されているBelle II実験には世界中から1100名以上の研究者が集っています。 また、茨城県東海村にもキャンパスをもち、日本原子力研究開発機構とともに建設したJ‐PARCという大強度陽子加速器施設を運営してニュートリノ振動実験をはじめとする素粒子原子核研究を展開しています。さらに、スイス・ジュネーブ近郊の欧州合同原子核研究機関(CERN)でのATLAS実験に日本国内の大学とともに重要な貢献を行い、国際リニアコライダー(ILC)のような将来計画を国内の大学の研究者とともに進めていく拠点にもなっています。 各章の執筆者たちは、理論・実験それぞれの立場から新しい発見を目指して日夜研究にいそしむ研究者です。各章の内容にはオーバーラップもあり、違った角度から説明されていることもありますが、素粒子や原子核という抽象的な世界を理解する上で、違った視点からの記述は役に立つかもしれません。また、難解だと思う部分は読み飛ばして、後から再挑戦するという読み方でも問題ありません。この世界が点にも満たない小さな領域から138億年という途方もない時間をかけて膨張し、数々の偶然に支えられて今の姿があるという、いわば奇跡の歴史を、最前線で活躍する研究者のガイドで一緒にたどってみましょう。 * * * さらに「宇宙と物質の起源」シリーズの連載記事では、最新研究にもとづくスリリングな宇宙論をお届けする。
高エネルギー加速器研究機構 素粒子原子核研究所