日本経済が停滞を続ける理由は「他人のせい」にする発想にある…神田眞人元財務官がそんな檄を飛ばすワケ
■飲みニケーションで交流の場を広げていった 財務官だった私が「国際収支から見た日本経済の課題と処方箋」と名付けた有識者懇談会を立ち上げたのは、今年3月のことです。 【図表】SNSや動画を見れば見るほど思考力は低下する 日本経済が今後どうなるのか。どうすれば改善できるのか。そうした日本経済の構造を明らかにするには、貿易収支の赤字基調、デジタル赤字の拡大、黒字の半分が海外留保された所得収支など、現状の国際収支の評価、分析が有効なのではないかと考えたからです。 懇談会では、5回にわたり、20人の委員がインタラクティブ(双方向)に意見や考えをぶつけ合いました。侃々諤々(かんかんがくがく)の議論は、最初に決めた時間を超えても続きました。 懇談会の呼びかけには、様々な分野の第一線で活躍する有識者が応じてくれました。多くの方から、「有名な論客をこんなに集めた懇談会をよく開けましたね」と驚かれます。しかし私は過去に幾度もこうした懇談会や勉強会を主催してきました。私にとっては特別なことではありませんでした。 たとえば、10年ほど前には東京都と金融庁と一緒に「国際金融センター構想」を発足させましたし、大蔵省に入省してからは、コロナ禍以外は個人的な勉強会に毎晩、参加してきました。政財界、官界、言論界だけではなく、学界や芸能界、スポーツ界……。これは、と思う人と片っ端から飲み、様々な会合に参加してきました。そうして各界を代表する人たちと信頼関係を築き、彼らとの利害を離れた率直な意見交換や議論を大切にしてきました。 そんな私的な交流から派生したのが、財務省が発行する広報誌「ファイナンス」の連載「超有識者場外ヒアリングシリーズ」。この連載で私は、100人超の“超有識者”と対談しました。 東大、京大、早大、慶大などの歴代総長、ノーベル賞受賞者の野依良治さん、利根川進さん、本庶佑さん、山中伸弥さん、天野浩さん、小林誠さん、作詞家の秋元康さん、作家の半藤一利さん、池井戸潤さん、落語家の六代目三遊亭円楽さん、漫画家の弘兼憲史さん、JR東海の葛西敬之さん、音楽家の谷村新司さん、俳優の松本幸四郎(現・白鸚)さん、柔道の山下泰裕さん、将棋の羽生善治さん……。 連載の対談で、初対面の人は一人もいません。私にとって、多くは飲み仲間であり、同志、そして何よりも先生や先輩として敬愛する人たちです。 実は、連載の依頼を受けた当初、断ろうかと思っていました。私的に関係を築いた友人たちを組織が利用するような気がしましたし、表に出したくない関係もあったからです。しかし先輩から、「一般の人たちは財務省に対して財政至上主義で、視野狭窄といった誤解したイメージを持っているから、それを払拭したい」という連載の意図を聞き、引き受けることにしました。 そうしてスタートした「超有識者場外ヒアリング」ですが、とても苦労しました。半藤一利さんの著書はすでに数十冊は読んでいましたが、対談前にさらに10冊以上の関連書籍を読みましたし、物理学者や科学者の方々の専門書は、時間をかけて格闘しました。 なかでも後悔しているのが、ピアニストの中村紘子さん。政府が刊行する雑誌に登場したせいで、政権寄りの考えを持っていると一部の人たちに誤解されたようです。それまで数カ月に一度くらいの割合でお目にかかっていたのに、しばらく疎遠になってしまい、そのまま天国に逝かれてしまいました。 苦労や後悔もあった「超有識者場外ヒアリング」ですが、知見や学びが深まる経験だったのもまた事実です。“超有識者”との個人的な付き合いは、私の人生にとって、大きく2つの点で大切な経験となっています。 1つ目が、好奇心を満たし、同時に刺激してくれたこと。 我々人間は、宇宙の根源も、生命の起源も知りません。よく言われますが、宇宙の96%が解明されていない。つまり人間は、自分たちの生い立ちについて何もわからない。無知な存在なのです。だからこそ、過去の偉人たち――哲学者や自然科学者、神学者は、神に近づくような研究に取り組んだ。私自身は天才ではないので、どんなに頑張っても、偉人たちの思考や発想には及ばない。とするなら、古今東西の知見を謙虚に学ぶしかありません。 私は大学時代のゼミで、金子宏先生から米国司法を、舛添要一先生に政治理論を、星野英一先生に民法を、平井宜雄先生に法と経済学を、樋口陽一先生に憲法を、そして三谷太一郎先生に日本政治外交史を学びました。若い頃に錚々たる研究者の謦咳(けいがい)に触れた経験から、同時代に生きる専門家から学ぶべき知見は無限にあると実感しました。 2つ目が、精神的なバランスを維持できたこと。 我々公務員の給料の源泉は国民の方々が支払った税金です。当然、公務には全力を尽くさなければなりません。 公務員の仕事は、徹底的かつ謙虚に研究して最善の政策を企画立案し、その実現に粘り強く努力し、決定されたら着実かつ迅速に執行していくことであり、大変なやりがいがあります。しかし、そのプロセスでは、交渉して妥協点を見いだしたり、頭を下げてご理解いただいたりする機会が増えます。改革を進めるわけですから、既得権益を守ろうとする方々から敵視され、大変な攻撃を受けることも屡(しばしば)です。交渉のプロセスは、政策を実現するうえではとても重要ですが、新たな知見に触れたり、今までにない視野を獲得したりするのは難しく、厳しいストレスに晒されていると感じていました。 日常の公務の合間を縫って会う、畑違いの各界のトップランナーや、第一人者と語り合う時間が、気づきや学びをもたらし、人生の付加価値を高めてくれました。しかし日本社会、いえ人類全体から、他者から学ぶ謙虚さが失われつつあるように感じます。