「見切り発車」の後発地震注意情報 新情報への依存度を下げることが真の巨大地震対策だ
分かっていることを伝えようとすること自体は自然なこと
このように考えていくと、少なくとも、「情報」の運用を開始した場合にどのようなプラスの効果があって、反対にどのようなマイナスの効果があるのかをできる限り洗い出して、それらを検証し、マイナスの効果の解消策などを考えた上で、このしくみを導入してもよかったのではないかと思える。 千島海溝沿いの巨大地震は、津波堆積物の調査などからおよそ350年前後の間隔で発生しているとされる。そして、前回の巨大地震発生からすでに400年ほどが経過していることから、次の巨大地震が切迫している可能性が高いと考えられている。また、東日本大震災を引き起こした2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震(M9.0)の2日前に、M7クラスの地震が起き、それが少なからずM9.0の地震発生に影響を与えたことも研究で明らかになってきている。 千島海溝沿いの巨大地震がいつ起きるのかは現在の地震学ではわからない。しかし、もし2011年と同じようにM7規模の地震が引き金の一つとなって巨大地震につながる可能性が100回に1回でもあるのなら、何らかの形でそのことを伝えなければならないのではないか。そう考えることは自然なことで、否定されるものでもない。ただ、やり方があまりにも拙速ではないか、という気がしてならないのだ。
伝え方はほかにもあるし、やるべきこともあるはずでは?
気象庁は大きな地震の後に行われる記者会見で、必ず防災上の留意事項として次のような解説する。「過去の事例では、大地震発生後に同程度の地震が発生した割合は1~2割あることから、揺れの強かった地域では、地震発生から1週間程度、最大震度○程度の地震に注意してください」というほぼ定型文となっているものだ。 例えば、この定型文の部分で、後発地震に関する説明を行うという形ではだめだったのか。言えることは大して変わらないはずだ。現在、気象庁の緊急会見は多くのメディアが生中継したり、ユーチューブで生配信したりしている。もっといえば、気象庁も自らのチャンネルで生配信している。 あるいは、気象庁は近年、「平時から市町村や都道府県などと緊密な連携関係を構築し、地域の防災に貢献する」との方針を打ち出している。であるならば、本庁で行われる記者会見で説明すると同時に、各地の地方気象台が自治体と密に連絡をとり、見解を説明するといった策も考えられるだろう。そして、そういったことが行われる前提で、地域住民に自治体が呼びかけを行う形を事前に構築しておくこともできるはずだ。 このようなことと併せて、いつ大きな地震が発生しても命を守ることができるような対策を進めておく。建物の耐震化や津波から避難する場所の設定、避難経路の整備といったハード面はいうまでもないが、福祉の充実や地域コミュニティの強化といったソフト面でもまだまだ手を付けられていないことやこれから考えていかなければいけないことは山のようにあるはずだ。 にもかかわらず、そういった対策より先に、ごく限られたケースでしかないうえにデメリットも考えられる「情報」をあわてて地震津波防災のしくみに組み入れる必要性があったのだろうか。私には、どうしてもそうは思えない。 とはいえ、運用は始まった。願わくは、この「情報」の運用開始が政府や自治体が本来やるべきことをどんどん進めていくきっかけになることを期待したい。新設された「情報」に頼らなくも大丈夫な状態に近づけることこそが、真の巨大地震対策であるはずだし、この「情報」をより効果的なものにしていくための唯一の方法でもあるはずだ。
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