本書を貫くのはリアリズム。きちんと情報を分析し議論を深めよう。これこそ正攻法だ―峯村 健司『台湾有事と日本の危機 習近平の「新型統一戦争」シナリオ』橋爪 大三郎による書評
≪習近平は…こう警告した。「米国は…中国の平和的な統一を支持すべきだ」≫。二三年十一月の米中首脳会談でのこと。不意を突かれたアメリカ側は反応できなかった。 「平和的な統一」は台湾を封鎖し交渉の場に引きずり出す「新型統一戦争」のこと。戦火を交えない巧妙な作戦だ。アメリカも日本もこの新しいシナリオの研究が足りない。 著者は習近平政権の最新動向を読み解き、この作戦はいつ発動されてもおかしくないとみる。著者の描く≪「台湾併合」極秘シナリオ≫は衝撃的。トランプ再登板→中国が「国家統一法」を制定→海上臨検で台湾の物流遮断→「人道回廊」の見返りに「統一協議」を要求、の段取りだ。 軍事衝突になる場合も、日本は態勢が整っていない。ミサイル攻撃で戦闘機も基地も壊滅。交通が混乱し、自衛隊の南西方面への移動も国民の保護や避難も、遺体の火葬すらままならないだろう。自治体は危機意識が薄く訓練をしていないのだ。 本書を貫くのはリアリズム。「台湾有事」を煽るのでも中国の軍事力をみくびるのでもなく、正しく恐れよう。きちんと情報を分析し議論を深めよう。これこそ正攻法だ。 [書き手] 橋爪 大三郎 社会学者。 1948年生まれ。東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。執筆活動を経て、1989年より東工大に勤務。現在、東京工業大学名誉教授。 著書に『仏教の言説戦略』(勁草書房)、『世界がわかる宗教社会学入門』(ちくま文庫)、『はじめての構造主義』(講談社現代新書)、『社会の不思議』(朝日出版社)など多数。近著に『裁判員の教科書』(ミネルヴァ書房)、『はじめての言語ゲーム』(講談社)がある。 [書籍情報]『台湾有事と日本の危機 習近平の「新型統一戦争」シナリオ』 著者:峯村 健司 / 出版社:PHP研究所 / 発売日:2024年02月19日 / ISBN:4569856535 毎日新聞 2024年4月27日掲載
橋爪 大三郎
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