発症すると死が不可避の狂犬病、「義務」なのに予防接種率は7割に低迷 国内で60年以上発生なく油断、未接種犬が人かむ事件も
転機となったのは1950年に制定された狂犬病予防法だ。犬の所有者は「犬の登録を申請しなければならない」「狂犬病の予防注射を受けさせなければならない」と定め、違反は20万円以下の罰金対象になった。 東京都立衛生研究所(現在の東京都健康安全研究センター)で狂犬病の検査に当たった故上木英人氏の「東京狂犬病流行誌 復刻版」によると、自治体職員は当時多かった野犬を捕獲し、放し飼いの犬をつなぐよう飼い主を説得した。上木氏は同書で「流行時では、犬をみると狂犬病犬にみえた」「素手で立ち向かわねばならなかった予防員は本当に命がけでした」と振り返っている。 対策を進めた結果、感染数は減少し、施行から7年で国内の狂犬病は撲滅された。厚生労働省感染症情報管理室の元室長、梅田浩史さんは、予防接種を「撲滅に大きな効果をもたらしたツールの一つだ」と評価する。当時と現在では接種の意義は異なるとしつつ、いざ狂犬病が発生したときにワクチン確保など対応できる態勢を速やかに整え、感染拡大を抑えるために「(現在の)継続的な接種は一定の役割を果たしている」と説明する。 ▽接種率は年々低下、摘発はわずか
しかし、接種率は年々低下してきた。厚労省によると、1990年代半ばまでほぼ100%だった接種率は2000年度に80%を割り、その後も低下が続いて2022年度は70・9%だった。自治体に登録されている犬の数はこの20年間、600万匹台で大きく変わらず、予防接種を受けている犬が減り続けている。 法律違反が拡大している状況だが、警察庁と群馬県警によると、2022年の同法違反での摘発は全国で135件。群馬県ではわずか6件で、県警の担当者によると、人をかむなどしたことがきっかけで違反が発覚するケースが多いという。 伊藤教授は接種率低下の背景に、長年発生がなく危機意識が低下していることや、インターネットでワクチンの効果や安全性について不正確な情報が流れていることがあるとみる。 日本は厳しい検疫態勢を取っており、侵入リスクは極めて低いとされる。ただ2013年には狂犬病が半世紀以上確認されていなかった台湾で、野生のイタチアナグマに流行していることが確認された。伊藤教授は、日本では野生動物のモニタリングが十分にできていないなど「発生リスクには不明な点も多い」と話す。接種率が低い地域や野犬が確認されている地域などで「局地的にリスクが高くなる可能性もある」と指摘した。