乳がんで失った乳房…今話題の乳房再建写真集で考える「乳房再建」の現実と課題
乳房を失った患者側の本音と乳房再建
今回写真集でモデルのひとりになった、栃木県にお住まいの大橋恭子さん(54歳)は、乳腺外科と形成外科がいる病院でも、再建の情報にアクセスできていないことが分かり、みんなに知ってもらいたくて応募したと、動機を語ってくれた。 大橋さんは、乳房を失うことに耐えられず、医師の「再建しますか?」の問いに「はい」と答え、形成外科につながり再建を詳しく知ったそうだ。 「再建の術後、16日間の入院中に私が廊下を散歩していると、乳がん患者さんが次々に病室から出てきて、「再建したのね。話を聞かせて」と口々に言うんです。 みなさん、「旅行も温泉もいけなくなる」「胸がなくなってこの先どうなるんだ」と暗い話ばかりしていました。再建したい気持ちはあっても、周りに経験した人はいなく、どんなものか分からず怖いと思って、踏みとどまっていました。知らないから誤解も多くて。せっかく胸のふくらみを取り戻す方法があるのに、知らなければ検討もできないなんて、もったいないです。 家族や友人達に聞いても、周りで乳がんになった人はいるけれど再建した人はいないと言います。再建はしないのが当たり前と思ってほしくないので、乳がんではない人にも再建を知って欲しい」(大橋さん) こういった情報格差を改善したいと考えているのは医療者も同じで、日本形成外科学会では今年初めて患者向けに、『患者さんと家族のための乳房再建ガイドブック』(医歯薬出版刊)を7月に発刊した(※1)。制作責任者を務めたのは、今回お話を伺った佐武さんだ。 「様々な再建の術式と、ベネフィットとリスクを、患者さんが理解しやすいように解説し、患者会の協力も得て、再建を受ける人の疑問をQ&A方式で答えています。患者さんだけでなく、乳房再建の知識がない乳腺の医師にとっても全体像が学べるツールになると思います」(佐武さん) ※1:http://jsprs.or.jp
乳房再建の未来は今後どうなるのか?
では今後、再建が受けられる医療機関は増えるのだろうか。実際に佐武さんが4年前に横浜の大学病院から富山大学附属病院に赴任したとき形成外科はなく、乳がん手術件数も少なかった。形成外科を立ち上げ、乳腺外科医と組んで乳がん治療と乳房再建を積極的に取り組んだ結果、乳がん手術とともに再建手術を受けた人は年間99人(2023年)と、現在は地方で富山県が突出して多くなった。 「乳腺科と形成外科が組めば乳房再建の数は増えます。ただこれからは、乳房再建ができる病院数を増やすのではなく、集約化していく時代だと考えています。 その理由は人口減少です。今後、日本の人口は減っていき、少子高齢化と若者の大都市への転出超過で、富山県も含め地方はすでに減り始めています。首都圏は10年後をピークに減っていくと推測されています。これは大変重要なことで、この先乳がんの罹患率が増えたとしても、人口が減れば乳がんになる人も減っていきます。 どの業界にもいえることですが、将来人口が減ることがわかっているのに、病院が乳房再建の新たな投資はしにくい。これからは乳房再建の診療拠点病院に集約する方向へ移っていくと考えています」(佐武さん) 乳がん手術と同時に再建をする場合、乳房切除後にエスパンダ―という水風船のような拡張機を入れ、半年以上かけて徐々に膨らませ、皮膚と筋肉を伸ばしたあとに再建するのが一般的だ。このエキスパンダーまでを地域の病院が担当し、その後、形成外科のいる拠点病院で再建を行う。乳がん術後なら、エキスパンダーから拠点病院で行う、というような流れを作っていきたいと話す。 「乳がん手術は急ぎますが、再建のタイミングは状況に応じて選ぶことができ、どの年代でもできます」(佐武さん) 乳がんと診断された後も人生は長く続く。乳房再建は保険が効く。失った乳房を取り戻したいと望むなら、どこに住んでいても情報に触れることができ、再建するかどうかを考える機会をもち、自分で選ぶことができる。技術の進化とともに、選択できる環境が整うことを切に願っている。
山崎 多賀子(美容ジャーナリスト)