音楽による「洗脳」、大好きなアコーディオンが阻んだ帰国――95歳が若者に語り継ぐシベリア抑留
シベリア抑留者支援・記録センターで、代表世話人を務める有光健さん(70)は昨年、オンライン会議アプリ「Zoom」を通じ、4万6300人の名を読み上げる企画を主催。様子は動画サイトで配信された。 きっかけは、第二次世界大戦中に虐殺されたユダヤ人10万2000人の氏名を、6日かけて読み上げる活動がオランダで行われたことを知ったことだった。有光さんは、抑留経験者の村山常雄さん(享年88)が10年を費やして作成した名簿を活用することを考案。大学生から95歳の当事者まで、47人がリレー形式で約46時間をかけて、命の重さを伝えた。
当事者から直接話を聞ける時間は、あとわずか
読み上げ参加者の中には、曽祖父の戸倉勝人(とくら・かつんど)さんを亡くした大学院生の外村廉(とのむら・れん)さん(23)の姿もあった。旧満州で高級官僚だった戸倉さんは、1945年に少尉として入隊。終戦後、ハバロフスクの南に位置するホールの収容所に移送され、45歳で死亡したことが分かっている。 厚労省が公表している死亡者名簿では、戸倉さんが死去した日は49年11月3日となっているが、日本政府が遺族に通知した日付は同年10月27日だった。「病死」とされているものの、死亡日も含めて実情はあいまいだ。同居する78歳の祖母からは「共産化した若者と思想で対立し、暴力を受けて亡くなった」と聞いた。 「2歳で生き別れたため、記憶はほとんどないそうです。僕と父がやり取りしていると、時々『お父さんと話ができてうらやましい』と言われる。やるせない気持ち」と視線を落とした。 勲章を付け、堂々と胸を張る戸倉さんの写真は家族に残された形見だ。「いつか曽祖父が最後に目にした、ホールの街を訪れてみたい」と思いをはせる。
Zoomを使った氏名の読み上げは、今年も8月23日の夜にスタートする。 「名簿に記された氏名、生年、階級、死亡日などから、それぞれの背景が浮かび上がってくる」と外村さん。中でも出身地に「朝鮮」と書かれた「トクヤマ・キデツ」さんが印象に残った。25年に生まれ48年に亡くなったトクヤマさんは、外村さんと同じ年頃。「何とも言えない無残さがある」と首を振る。 同会を主催する有光さんはこう言う。 「4万6300人の名を読み、聞いて、その人がどんなふうに生きたのかを想像してほしい。当事者から直接話を聞くことができる時間は、あとわずか。実態解明に向け、政府だけが主体の事業から、民間やロシア側の地域住民らを含めた国際的な共同事業に発展させるなど、特措法の改正を求めていきたい」 「沖縄慰霊の日(6月23日)や終戦の日(8月15日)に平和を祈るように、8月23日を『抑留犠牲の日』として、国民全体が追悼する日になれば。収容所の跡地などをめぐるツアーや地元の人々との交流を企画するなど、戦争を知らない世代が『知る』機会を増やすことも大切です」