「免許を返納したら、父がヤバいことに...」老夫婦の生活が急変。運転を愛した老父の「どうにもならない」その後
父親は陽子さんの提案に対し、『都会の老人と一緒にするなよ!』と怒ってしまった。 「父親は運転に自信がありましたし、何より運転が好きで、趣味のカメラにも車が必要不可欠でした。なので、免許の自主返納をとにかく嫌がりました。自分の運転技能を過信している人が一番危ないってよく言うじゃない、と説得しましたが聞く耳もたずでしたね。 それに比べて、母は優等生。というか、父がまだ運転してくれるから、自分は安心して免許を返納できるというのが本音だったようで、75歳の誕生日に自ら免許を返納しました」 池袋の惨事がおきた2019年直後は、身内に高齢ドライバーがいる人々に「返納を呼びかけなければ」という使命感をもたらしたが、のど元過ぎれば熱さ忘れるということなのか、その後はしばらく返納ムードも停滞してしまった。陽子さんも身をもってそれを実感している。 「事件直後は、娘としてきちんと父を説得しなければいけないと思いながら、『実際問題こんな田舎では車がなければ何もできない!』と反論され、そのまま説得はフェイドアウトしてしまいました。生活に困ると言われると、何も言えなくて...。遠方に住んでいるから何もしてあげられないという引け目も、正直ありました」 陽子さんの実家近辺にはもう路線バスは走っておらず、コミュニティバスと呼ばれる小さな乗合バスが高齢者の交通手段として確保されている。 しかし、コミュニティバスがめぐるのは複数の科を持つ中規模病院と小さなスーパーマーケットくらいのもので、どこでも行きたい所へ行けるわけではない。 また、実家がある自治体には高齢者に対してタクシー料金を割引する行政サービスがあるが、8割は自己負担であり、送迎代も本人負担。よほど金銭的に余裕のある人でなければ、日常的に利用することは難しそうだ。
何十年と無事故無違反の優良ドライバーであり続けた父は、「俺ももうろくしてきたから十分気をつけてる」と言ってはいたものの、内心は「自分に限って事故などしない」と自信満々だったに違いない、と陽子さんは言う。 「ですが、1年ほど前のある日、父の運転に対する自信が崩れ落ちるような出来事が起きました。通り慣れた農道を走っていたら、田んぼに落ちたというんです。何かをよけて急ハンドルを切ったそうなんですが、その何かというのが何なのか判然としません。 見えたような気がした、という程度なので、動物だったかもしれませんし、ビニール袋だったかも。もしくは、何もなかったのかもしれないんです」 また、同じ頃、両親と同じ町内に暮らす60代の女性が運転する軽自動車が近所のコンビニに突っ込み、地域のテレビで報道されたことも父親にとってはショックだったようだ。 「父は田んぼに落ちたことそのものもショックだったようですが、本当に何かが目の前を通ったかどうかがわからなかったこともショックだったみたいです。反射神経も運転技能も視力も、一度に自分のことが信用できなくなったと」 陽子さんの父は、その田んぼ落下事件を機に、84歳にして、ようやく運転免許を自主返納する決意を固めたという。しかし、一件落着とは行かなかったらしい。 父親のさらなる受難については、後編にて詳報する。 取材・文/中小林亜紀