余命宣告を受け命がけで彫った93枚の彫刻は1台850万円超のテーブルに…日本人トップ職人50年の研鑽
当時のスウェーデンで、自分と同じブライトカットの手彫りができる職人は3~4人。 しかし、ペデソーリをはじめとする巨匠も多く住むイタリアのガルドーネ・ヴァル・トロンピア村には、ハンティング・エングレーヴィングをする職人が500人もいるという。 美知子さんは驚愕し、「その村に行ってみたい!」と学びに行くことを決めた。 半年後の夏休み、美知子さんはガルドーネ・ヴァル・トロンピア村に向かった。 ■彫刻職人が住む村でキングと出会う 村では、ハンティングフェアで出会ったペデソーリをはじめとする、著名な彫刻家の仕事を見学することができた。なかでも、ハンティング・エングレーヴィングの世界でトップに君臨しているフィルモ・フラッカーシー氏のアトリエに行ったときのことが特に印象に残っている。 フラッカーシーの通称は「キング」。 その作品に、価格はついていない。なぜなら、オークションで価格が決まるからだ。 どんなにお金を積んででも、彼に彫ってほしいという人が集まってくる絶大な人気の一方で、彼は「とても冷たい態度を取る人物」としても知られていた。人とは距離を取り、なかなか心を開かないことでも有名だった。 美知子さんがフラッカーシーのもとを訪れることになったとき、最初はとても怖かったという。「おそるおそる頭を下げながら、とにかく失礼の無いように気をつけた。自分でも『日本人的(な態度)だな』と思ったけど」。 「彼の机の上はすごく綺麗になっていました。道具は何も出されていないの。なぜなら、道具に秘密があるからなんです。道具は全部引き出しに入れて、鍵がかけてあった。私は『肝心の部分は見せられないものなんだ。時間を取ってくれて、仕事場に入れてもらえただけでも幸せと思わなくちゃいけないんだ』と思ったのよね」 ■涙があふれ出るほど感情を揺さぶる彫刻 道具は見ることができなかったが、作品は見せてもらえた。彼がその時に作っていた作品を見た瞬間、体に稲妻が走った。そして、涙が溢れてきた。 「まさにそれこそが『感情を揺さぶる作品』。だから世界一なんだ、ということがわかりました」 涙が溢れてうまく作品が見えない。美知子さんは隠れてサッと涙を拭き「ルーぺで見てもいいですか」と了承を得て、食い入るように作品を見ていた。その謙虚な態度を「冷徹」なフラッカーシーも好ましく感じたのかもしれない。その後は食事の席にも誘われるようになり、フラッカーシーの自宅で家族とともに食事をしたこともあった。それは彼にとっては、本当に稀なケースだそうだ。 技術のこと、実践的なことをどう教わったのかと尋ねると「ほとんどそういうことは話さなかった。お互い言葉も通じないから、会話はごくわずかしかしていないの」という。 「そもそも、フラッカーシーは技術を他人に伝えることはない。彼の娘、フランチェスカだけに教えているの。『大切なものを簡単に人には渡せない』という、職人の気持ちがすごくよく理解できるから、私からも詳しいことは何も聞かなかった。その態度も好んでくれたんでしょうね」美知子さんがどれほどエングレーヴィングを愛しているのか。フラッカーシーの作品にどれだけ強く感銘を受けたのか、ということが伝わったから、言葉が通じなくても心でコミュニケーションができたんだと思う、と語った。