余命宣告を受け命がけで彫った93枚の彫刻は1台850万円超のテーブルに…日本人トップ職人50年の研鑽
■スウェーデンの日常生活 激動の半生を一気にお聞きしていたら、あっという間にランチタイムの時間帯になった。 「じゃあ、ここら辺でちょっと休憩しよっか。お腹空いたよね」 美知子さんは手作りのサンドイッチを公園のテーブルの上に広げた。ハード系の丸いパン、ケシの実が表面に広がるパンなどに生ハムとチーズを挟んだものや、柔らかい食パンで作った卵サンドなどが並ぶ。 昼食を終え、私たちは美知子さんの自宅に場所を移した。 最愛の夫は2010年に亡くなり、子どもたちは独立して別々に暮らしているため、現在、美知子さんはストックホルムで一人暮らしをしている。 室内は美知子さんのファッションのように、小粋にトータルコーディネートされている。広めの空間に大きめの家具が置かれ、ファブリックの類いはとてもカラフルだ。でも、どこか一貫した上品なセンスを感じさせる。その中央に、美知子さんが2011年にスヴェンスクト・テン社から依頼されて製作した「ストックホルム・テーブル」が置かれていた。 ベランダにはたくさんの植物が置かれ、明るい屋外の景色が窓の向こうに見える。 美知子さんは「Ska vi fika?(スカ・ヴィ・フィーカ=「お茶にしましょうか」)」と言い、筆者には温かいお茶を出してくださった。 スウェーデンでは「Fika(フィーカ)」という、1日に数回コーヒーと甘いもので休憩を取る習慣があるのだ。家、職場、公園、カフェ、どこでもみんなフィーカをする。 ■スウェーデンの手彫り職人界に訪れた世代交代の波 話に戻ろう。子育てが落ち着いた44歳頃から数年間にわたり、何度も国外に渡って確実に自分の技術を高めていった美知子さん。 90年代も後半に近づく頃、スウェーデン国内の手彫り職人の世界では、ゆっくりと世代交代の波が訪れようとしていた。 王室にも「そろそろ先を見越して、次世代の王室御用達を担う手彫り職人を見つけていかねば」という空気があったのでは、と美知子さんは話す。 そんな時代の流れもあり、スウェーデン王室は90年代の終わり頃から美知子さんに依頼を申し入れるようになった。 「王室から自宅へダイレクトに電話がきた時はさすがに緊張した。確かそのときの仕事は、テニスか何かの国王杯が開催される時期で、トロフィーに文字を彫ることだったと思う。家に、いわゆる侍従(付き人)が直接来られて『うわ、こうやって来るんだ』ってドキドキしました」。仕事は順風満帆だったように見受けられるが、実はこの2000年代初頭の「仕事を受けすぎた時期が今までで一番つらかったかもしれない」と振り返る。