画期的な「がん治療」に道 基礎研究から花開いた本庶氏のノーベル賞
T細胞のブレーキスイッチ「PD-1」の発見
一方、「PD-1」は、本庶博士が発見したタンパク質です。当初はその発見の経緯から、「プログラム細胞死」という細胞が自ら死を選ぶ現象で重要な役割を果たすタンパク質だと考えられていました。しかし、PD-1を持たないマウスを作成してプログラム細胞死を観察しても、そのマウスには何も影響がないように見えました。 しかし、本庶博士はそこで諦めませんでした。免疫学を専門とする京都大学の湊長博(みなと・ながひろ)博士と協力し、何年も粘り強く解析を続けたところ、そのマウスがさまざまな自己免疫疾患のような症状を示すこと、PD-1は攻撃役のキラーT細胞のブレーキボタンとして働くことを発見したのです。 また同時期に、本庶博士は、PD-1のブレーキボタンを押す「PD-L1」と「PD-L2」というタンパク質も発見しました。しかもこれらはキラーT細胞の攻撃対象であるがん細胞の表面に存在していたのです。つまり、がん細胞は攻撃役のT細胞のブレーキボタンを押すことができるのです。それならば、がん細胞がPD-1のブレーキボタンを押せないようにすれば、キラーT細胞ががん細胞を攻撃できるようになり、がんを治療できるのではないか、と本庶博士は考えました。 実際、がんを移植したマウスにPD-1のブレーキボタンを押せないようにするタンパク質(PD-1抗体)を与えたところ、がんは小さくなり転移は抑えられるという効果を上げ、がん治療薬への道が開かれました。
基礎研究からがん治療の「第4の柱」に
CTLA-4とPD-1は実験動物でのがん治療に成果を上げたことから、ヒトへの臨床応用へと研究は進み、ついに2011年にCTLA-4抗体「イピリムマブ」が米国で販売され(日本では2015年)、2014年にPD-1抗体「ニボルマブ(オプジーボ)」が日本で販売開始されました(図3)。これら免疫チェックポイント阻害剤を用いたがん治療は、既存の治療法で効果がなかった患者にも効果がある場合があり、併用することでさらに治療効果も高まるため、がん治療の「第4の柱」とまで言われるようになりました。 ただ、課題がないわけではありません。例えば、現時点では誰もが受けられる治療ではありません。保険適応になるがんは限られていますし、薬の値段は高額です。そして、実際に治療を受けた人の2~3割ほどにしか効果がなく、その理由もまだ明らかになっていません。 現在は、免疫チェックポイント阻害剤が効くかどうかを事前に調べる方法の開発が急がれています。また、この2つ以外にも、免疫にブレーキをかけるタンパク質は、数多く見つかっているので、別の免疫チェックポイント阻害剤を使ったがん治療も発展していくでしょう。